"ラジオの涙" 第3話
茂は軍用帳から1枚のを破り、妹の名と疎先として聞いていた所をいた。
「もし俺が遅れたら、を捜してくれ。あいつは京の叔母を頼るかもしれない」
「遅れるだけだ。必ずから来い」
「分かっている」
茂は笑った。だが正には、その笑顔が別れを覚悟した者の顔に見えた。
正はし先の集落まで仲と移した、で茂のところへ戻った。しかし焼けた倉庫の周辺に茂の姿はなかった。残っていたのは血の染みと、片方だけの格好な袋だった。
茂が誰かに救助されたのか、別の所へ移したのか、それとも命を落としたのか、確かめることはできなかった。
その数、正は故郷へ戻る途の駅で815を迎えた。鉄は混乱し、駅には焼けた建物の壁と、防空壕の跡が残っていた。
正午がづくと、誰かがさなラジオを持ってきた。兵士、母親、老、親を失った子どもたちが、雑音混じりの放送を聞くために集まった。
正の隣には、15歳ほどの女がっていた。汚れた防空巾を抱え、痩せたで枚のを握っていた。
「お兄さんも、誰かを捜しているんですか」
女に尋ねられ、正は茂から受け取ったを取りした。そこには『』とかれていた。
「このをっているのか」
女は驚いたように顔をげた。しかし答えようとした瞬、ラジオから放送が始まり、周囲のたちが静かにするよう注した。
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難しい言葉のい放送だった。正には内容のすべてを理解できなかったが、本が戦争を続けられなくなったことだけは分かった。
もう命令に従って誰かを傷つけるために歩かなくていい。逃げることも、仲を置いてきた理由を探すこともせず、きて帰る所を求めてよい。
そうった瞬、涙があふれた。
している自分を、正は恥じた。茂がどこにいるかも分からないのに、自分だけがきて帰れるとんでいる。その罪悪と堵が混ざり、声を抑えることができなかった。
放送が終わり、正が隣を見ると、女の姿はなかった。々が斉にき始めた混乱ので、どこかへ消えていた。
面には、さな切れだけが落ちていた。
そこには震える字で、
『 兄・茂を捜しています』
とかれていた。
正は終戦、京へ戻ってからの方を捜し始めた。にかれていた疎先を訪ねたが、そのは空襲で焼け、んでいた者の消息も分からなかった。
役所、警察、寺、引き揚げ者の収容施設。休になると自転で訪ね歩き、同じ名がないか尋ねた。だが戦争直の記録は混乱し、転居した者や戸籍を失った者もかった。
茂についても、戦を証する記録は見つからなかった。部隊の名簿には「消息」と記され、帰還者のにも最を見た者はいなかった。
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「きているかもしれない」
その能性は正を支えると同に苦しめた。くなったと分かれば諦めるしかない。しかしきている能性がわずかでもある限り、捜すことをやめられなかった。
正は子と結婚したも、の消息を求める葉を各へした。健がまれ、節子がまれ、族の暮らしがしずつっても、胸の奥には果たせない約束が残った。
それでも、正は妻に事を話せなかった。
戦に置いてきた友のことを語れば、「なぜ助けられなかったのか」と自分自へ問い直さなければならない。防空壕跡でらしき女に会いながら、名を確かめられなかったことも、悔やんでも悔やみきれなかった。
ラジオを買った本当の理由は、音楽やニュースを聞くためではなかった。戦争で消息を絶った々を捜す放送を、自宅で毎晩確認するためだった。
午8になると、正は茂との名が呼ばれるのを待った。放送にを傾けながら、父を捜す娘や、息子の帰りを待つ母親の便りを聞いた。
呼ばれる名は毎違った。それでも、その声の向こうには同じ願いがあった。
きていてほしい。もしくなっているなら、せめて最にどこにいたのかりたい。何も分からないまま待ち続けることだけは終わらせたい。
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