"名前のない弁当箱" 第8話
怠けているように見えて、で病をていることもある」
源郎は内を見渡した。しい械が並び、若い社員たちが忙しくいている。漏りしていた根は修理され、煤けた壁も塗り直されていた。
「全部を助けられるとうな。それはいがりだ。ただ、事をろうとすることだけはやめるな」
正は帳面を閉じ、両で受け取った。
「俺は父さんのようにはできない」
「俺のようになる必はない。おにはおのやり方がある」
源郎は照れたようにをすすり、それから社員たちへ向かってをげた。
「今で俺は引退する。からは、ただのうるさい老として々見に来る」
に笑い声と拍が広がった。戸が音を取り、皆で簡素な送別会をいた。そのの料理も、名のない弁当を届けてきた者たちが用していた。
しかし源郎の引退、正はすぐに試されることになった。
翌、の若い社員が製品代の部を持ちした。額は5万円。男は入社して半の田勇という20歳の員で、無断欠勤したまま姿を消した。
社員たちは警察への届けを求めた。正自も、父のように許せば規律が崩れるとった。川の代とは違い、会社には守るべき信用と規則がある。
正は警察へ届けたうえで、田のんでいた部を訪ねた。
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そこには病気の父親と、学の妹が残されていた。田は父の術費を面しようとして利貸しから借をし、返済に追われていたという。
だからといって、盗みが許されるわけではない。正は田を見つけし、警察へさせた。
源郎は息子を責めなかった。
「俺なら違うやり方をしたかもしれん。だが、おが違っているとは言わん」
「父さんは、失望しただろう」
「何にだ」
「俺は田を守らなかった」
「おはののも守らなきゃならん。許すことだけが助けることじゃない」
正は父とともに田の族を訪ね、父親の治療費をて替えた。ただし田本には、刑にした、働いてしずつ返すという誓約をかせた。
「盗んだことは消せない。でも、ここから先まで棒としてきる必はない」
それは父の真似ではなく、正が考えたしい助け方だった。
田は執猶予となり、数に別ので働き始めた。返済は額ながら度も途切れなかった。
そして昭48の、田から本鉄所へ、初めてつの弁当箱が届いた。には数分の握り飯と、枚のが入っていた。
『まだ返し終わってはいません。けれど、妹が就職できました。今から分だけ、別の誰かへ渡せるようになりました』
正はそのを父の帳面に挟んだ。
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昭50の、源郎は病に倒れた。吸い続けた煙と、鉄にまみれた活で肺がっていた。医師から入院を勧められても、「病院の井を見ているより、旋盤の音を聞いていたい」と言い張った。
正はの2階にさな休憩を作り、父が横になれるようにした。源郎は毛布に包まりながら、を伝ってくる械の振をじていた。
「戸の検査は、若い連へ残っているか」
「今は孫弟子がやっているよ」
「田は返し終わったか」
「で全部返した。でも、弁当はまだ届いている」
源郎は満そうに頷いた。
215、のる朝だった。の入に、これまでで番きな呂敷包みが置かれていた。
には社員の数分だけでなく、源郎と澄の分まで弁当が入っていた。筍ご飯、甘い卵焼き、里芋の煮物、塩鮭。最初に届いた昭28の弁当と同じ献だった。
ただし今回は名があった。
蓋の裏に、これまで弁当へ関わった46の名がさな文字でかれていた。修、田辺芳雄、野寺正、川志津、川由美子、田勇。そのほか、源郎が直接会ったことのない名も数くあった。
弁当と緒に、1通のが添えられていた。
『本源郎様。あなたからべ物を受け取った、そのたちから助けられた、そしてさらに次の誰かから、今の弁当を届けます。
これは恩返しではありません。あなたが始めたものが、まだ途切れていないという報告です』
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