"泥まみれの客と黒塗り5台" 第4話
美咲は返事をしなかった。
「だから数字取れないんだよ」
黒田の声がきくなる。
「またゴミ拾いしてんのか?」
美咲のがハンドルので固くなる。
「ダメ社員と、なさそうな爺さん。お似いじゃん」
部座席の老は黙っていた。
黒田はさらに笑った。
「せいぜい頑張れよ。首になるにな」
信号が変わる。
黒田のが先にびした。
美咲はすぐには発できなかった。
悔しかった。
自分のことを笑われるのは、まだ耐えられる。
だが、何も悪いことをしていない老まで侮辱された。
それが何より悔しかった。
「申し訳ありません」
ろから老の声がした。
美咲が振り返る。
「え?」
「わしのせいで、嫌なことを言われた」
「違います」
美咲は首を横に振った。
「お客様のせいじゃありません」
度呼吸をした。
「お待たせしました。発しますね」
タクシーはのをり始めた。
数分、美咲はバックミラー越しに老を見た。
濡れた作業着から気が伝わってくるようだった。
老は両腕を胸ので組み、じっと座っている。
をくしても、すぐには体が温まらない。
赤信号で止まった、美咲は助席に置いていたバッグをいた。
には休憩に使おうとって買っておいた温かいタオルがあった。
それと、コンビニで買った缶コーヒー。
まだほんのり温かい。
美咲はし迷った。
広告
今夜は丁になるとい、自分用に買ったものだった。
けれど部座席を見る。
迷う理由などなかった。
「お客様」
美咲は振り返った。
「よかったら、これ使ってください」
温かいタオルと缶コーヒーを差しす。
老は驚いた。
「これは?」
「私が休憩のに使おうとって買ったものです。まだ温かいといます」
「そんなものを、わしに?」
「はい」
「娘さんが使いなさい」
老は受け取ろうとしなかった。
「わしはに乗せてもらっただけで分だ」
「でも、ずっとに打たれてたんでしょう?」
美咲は缶コーヒーを老の元へづけた。
「体がえています。しでも温まってください」
「……」
「私はまた買えますから」
老は何も言えなくなったようだった。
しばらくして、両で缶を受け取る。
「あたたかいな」
さく呟いた。
美咲はを向き直った。
信号が青になる。
を発させた、バックミラーを見ると、老は缶コーヒーを両で包みながら目を閉じていた。
やがてプルタブをけ、む。
「うまい」
「普通の缶コーヒーですよ」
美咲はわず笑った。
「いや」
老はゆっくり首を振った。
「今までんだどんなコーヒーよりうまい」
美咲は、その言葉のをく考えなかった。
ただ、老の震えがしずつ収まっていくのを見てした。
しばらくして老が尋ねた。
「娘さん。1つ聞いてもいいかね」
広告
「はい」
「なぜ、わしを乗せてくれた?」
美咲はバックミラーを見た。
「なぜ……ですか?」
「のは全部通り過ぎた」
老は元の缶を見つめている。
「も汚れている。を持っているようにも見えなかっただろう。実際、この作業着ではそうわれても仕方ない」
美咲は答えに迷った。
本当は、自分も瞬だけ迷った。
売。
清掃費。
ノルマ。
首。
その全部がに浮かんだ。
だが、それを老へ言えば傷つけるかもしれない。
美咲はし考えてから言った。
「私、会社ではあまり来のいい運転じゃないんです」
「そうなのか?」
「営業成績もずっと最位で」
自嘲するように笑う。
「今末までにノルマを達成できなかったら、首になるって言われています」
老の目が細くなった。
「それなのに、わしを乗せた?」
美咲はし黙った。
「困ってるを見たら、放っておけなくて」
「……」
「たぶん、そういうところが商売に向いてないんでしょうね」
美咲は苦笑した。
「もっと効率よく稼がなきゃいけないって分かってるんです。でも目ので困っているを見て、得になるかどうかを先に考えるのは……どうしてもできなくて」
老は何も言わなかった。
「私、5歳の娘がいるんです」
美咲はを見たまま続けた。
「来、臓の術をする予定で。そのためにも仕事を失いたくないんですけど」
「娘さんが」
「はい」
「変だな」
「でも、元気な子なんですよ」
美咲の声がしるくなる。
「毎笑ってます。私よりずっといです」
老は窓のへ目を向けた。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
余命半年からの再出発
余命を告げられた日、夫は離婚届を置き、息子も「必要なことがあったら連絡して」と距離を置いた。 58歳の桐谷佳代子は、病気だけでなく、33年間築いてきた家族まで同時に失った。 誰もいない台所で一人分の味噌汁を作りながら、絶望の中にいた佳代子だったが、病院で出会った人々との縁をきっかけに、少しずつ自分の人生を取り戻していく。 治療、離婚、家を失う危機。 それでも彼女は、針と糸を手に取り、病気と向き合う人のための帽子作りを始める。 家族に必要とされることでしか自分の価値を感じられなかった女性が、人生のどん底から見つけた本当の生き方とは――。人生逆転|夫婦|第二の人生2.0萬字5 1 -
完結第14話
返されなかった合鍵
25年間、誰にも知られず借り続けられていた203号室。 夫の葬儀の日、見知らぬ女性から渡された一本の合鍵が、妻・千鶴の人生を大きく揺さぶる。 亡き夫はなぜ、家族に隠れて古い部屋を借りていたのか。 そこに残されていたのは、31本のカセットテープと、一人の少女の思い出だった。 最初は裏切りだと思った秘密。 しかし調べるほどに明らかになる、夫が25年前に背負った約束と、誰にも話せなかった苦悩。 守ることと、信じること。 家族を思う気持ちと、誰かを救おうとする気持ちは、時にすれ違ってしまう。 一つの合鍵から始まった真実の先で、千鶴が見つけたものとは――。人生逆転|相続|修羅場2.0萬字5 7 -
完結第12話
200円の家族
23歳の大学生・高橋翔太は、感情を捨てたように生きていた。 友人の誘いも断り、食事も会話もすべてを「合理的かどうか」で判断する日々。そんな彼が、ある日ファミレスで会計できずに困っている母子と出会う。 所持金は300円。小さな娘を連れた母親は、夫に貯金を持ち逃げされ、住む場所さえ失っていた。 翔太は不足分の200円を支払い、さらに母子を自分の部屋へ連れて帰る。最初はただの合理的な判断。そのはずだった。 しかし、温かい手料理、少女の「ありがとう」、そして夜中に聞こえた小さな泣き声が、5年間閉ざしていた翔太の心を少しずつ揺らしていく。 なぜ彼は笑わなくなったのか。 なぜ「感情は判断を誤らせる」と言い続けるのか。 助けたはずの母子との出会いは、やがて翔太自身が封じ込めてきた過去を呼び覚ましていく――。因果応報|人生逆転1.9萬字5 0 -
完結第12話
一万八千円の飯
自分の家族が経営する5つ星ホテルで、何気なく注文した一品の炊き込みご飯。 メニューでは1,800円に見えたはずなのに、会計明細には「18,000円」と記されていた。 帰国したばかりの後継者・小川優馬は、単なる表示ミスだと思い責任者を呼ぶ。だが、レストラン責任者は「社長が承認した価格です」と言い切った。 父が守ってきたホテルで、なぜ一杯のご飯が10倍の値段になっているのか。 優馬が調べ始めると、異常な価格変更、不可解な仕入れ、法人客への不自然な請求、そして継母・里見の影が浮かび上がっていく。 やがてその小さな違和感は、20年前に亡くなった実母・秋子の死、奪われた母方の財産、腹違いの弟の秘密、そして恋人だと思っていた女性の正体へとつながっていく。 始まりは、たった一杯の炊き込みご飯だった。 だが、その18,000円の明細は、運海ホテルに隠された20年越しの闇を開く鍵だった――。因果応報|修羅場1.7萬字5 0 -
完結第12話
寿司屋で暴かれた嫁
68歳の田村節子は、息子の再婚相手である嫁・美咲を、ずっと“よくできた人”だと思っていた。 亡き夫を失い、1人暮らしになった節子の家へ通い、手料理を届け、病院の送り迎えまで申し出てくれる優しい嫁。近所の人たちからも羨ましがられ、節子自身も本当の娘のように感じ始めていた。 しかし、美咲は少しずつ、家の権利書や預金、保険の受取人について尋ねるようになる。 そんなある日、節子は美咲に誘われ、馴染みの寿司屋へ向かった。ところが店主は、美咲の顔を見た瞬間、血相を変えて叫ぶ。 「節子さん、その人から早く逃げてください」 店主の父を騙し、財産を奪った女と同じ顔――。 信じたい気持ちと、拭えない違和感。やがて節子は、嫁の荷物の中から決定的なものを見つけてしまう。 優しい嫁の正体は何者なのか。 そして節子は、息子と家を守るため、静かに反撃を始める。因果応報|相続|親子関係1.7萬字5 0 -
完結第12話
復讐とんかつの逆転便
とんかつ弁当を注文した堀川琢磨の前に現れたのは、高校時代に自分を見下していた金持ち令嬢・柏木綾音だった。 かつて高級ブランドを身につけ、貧しい琢磨を笑っていた彼女は今、実家のとんかつ店を守るため、配達員として頭を下げていた。 「お前が配達?令嬢なのに?」 復讐心に火がついた琢磨は、自分の成功を見せつけるため、何度もとんかつ弁当を注文し続ける。 だが、届く弁当の味は想像以上だった。 そしてある日、綾音が差し出した冷凍とんかつの試作品が、琢磨の運命を大きく動かしていく。 過去の屈辱、消えない傷、落ちぶれた令嬢の謝罪。 復讐のつもりで始まった注文は、やがて小さな老舗店を救い、琢磨自身の孤独な人生まで変えていく――。因果応報|人生逆転|修羅場1.7萬字5 0 -
完結第13話
名刺一枚の逆転縁談
美容師として働く藤井まなみは、恋人・桜庭優馬からプロポーズを受け、結婚を決意する。 しかし、優馬の両親は最初からまなみを見下していた。服装、髪色、職業、そして実家のことまで決めつけ、「うちの息子とは釣り合わない」と一方的に別れを迫ってくる。 迎えた両家顔合わせの日。 港区のタワーマンション暮らしを誇る優馬の父は、まなみの父が「スーパーで働いている」と聞いた途端、露骨に笑った。 「スーパー勤めのお父さんでは、家柄がねぇ」 その場で結婚をなかったことにしようとする桜庭家。まなみは悔しさに言葉を失うが、父は最後まで穏やかな表情を崩さなかった。 そして静かに、1枚の名刺を差し出す。 それを受け取った瞬間、優馬の父の顔色が変わった。 見下していた“スーパー勤めの父”の本当の正体とは。 家柄や肩書きで人を判断した家族が、たった1枚の名刺で言葉を失う――痛快な逆転劇。人生逆転|裡の顔2.0萬字5 1 -
完結第11話
追放母の25億売却
お盆のため、長崎から東京の息子夫婦のペントハウスを訪れた田中春江。 亡き夫に手を合わせ、息子の好物を詰めた重箱を抱え、半日かけて上京した彼女を待っていたのは、温かな家族の食卓ではなかった。 嫁・里奈は春江の手料理を目の前で捨て、安いホテルの予約票を差し出す。さらに息子夫婦は、自分たちが旅行へ行く間、愛犬の世話だけを春江に押しつけようとしていた。 長年、息子のために働き続け、すべてを与えてきた母。だがその日、春江はようやく気づく。 自分は家族として呼ばれたのではない。ただ都合よく使われるために呼ばれただけだった。 その夜、春江は20年以上連絡を取っていなかった“ある人物”に電話をかける。 翌日、息子夫婦が暮らしていた天空の城は、静かに動き始めた――。人生逆転|親不孝|親子関係1.6萬字5 6