"福嫁の逆転茶屋" 第4話
宗介の目が止まる。
「これは梅か」
「梅餡でございます。はのようにく、にだけ梅を隠しました」
福は割った菓子を宗介のへ置いた。
「『のの梅』と名づけました」
宗介はべた。
控えめな甘さのから、梅の酸とりが現れる。
見からは像できなかった。
次に福は胡麻をまぶした黒い菓子を割った。
には黄の栗餡が隠れている。
「こちらは『隠し』にございます」
「隠し?」
「に隠れたでございます」
宗介は菓子を見つめた。
派ではない。
だが考え抜かれている。
そして何より、今の戸にっている。
誰にも見せつけない。
けれどべただけがさな驚きを得られる。
「面い考えだ」
宗介がそう言うと、福は顔をるくした。
「ありがとうございます」
その笑顔を見て、宗介はし戸惑った。
たったそれだけの言葉を、こんなに嬉しそうに受け取るとはわなかった。
しい菓子をし始めた最初の数は、客の反応も決して良いものばかりではなかった。
「随分になったな」
「昔の泡の方が見栄えがした」
「これで同じ銭を取るのかい」
馴染み客からそんな声がるたび、宗介のは揺れた。
やはり福のやり方は違っているのではないか。
元へ戻した方がいいのではないか。
そう考えていたある夕暮れ、の老いた武士が泡を訪れた。
広告
着物は質素だったが、ち居振るいには品があった。供もつけずで来て、庭の見える座敷に座ると、注文もせずい、梅のを眺めていた。
宗介は茶を選ぼうとしたが、福がそっとづいてきた。
「あのお客様には、『のの梅』を」
宗介は声で尋ねた。
「なぜ分かる」
福も武士へ線を向けた。
「先ほどから、ずっと梅の枝をご覧になっています」
「庭を見に来たのかもしれない」
「いいえ」
福は静かに言った。
「あのお客様の目は、今の梅を見ておりません」
宗介にはが分からなかった。
それでも半信半疑のまま、茶と「のの梅」を運んだ。
武士は礼を言い、い菓子をべた。
その瞬、が止まった。
割れた菓子のから、淡い梅餡が見えている。
武士はそれをしばらく見つめていた。
やがて、目を伏せた。
「これは……」
声が震えている。
宗介はしを屈めた。
「おにいませんでしたでしょうか」
武士はゆっくり首を振った。
「逆だ」
そして、庭の梅を見た。
「妻と初めて見をしたのことをいした」
宗介は黙った。
「の残る朝だった。まだ蕾しかないとっていた梅が、枝ので輪だけ咲いていてな」
武士の目が潤んでいた。
「妻は『は、に見えぬところから来るのですね』と笑った」
もう30ものことだという。
妻は数にくなった。
今たまたま梅のを見て、何となくへ入った。
広告
まさか菓子つで、そのの声までいすとはわなかったと話した。
「この菓子を、もうつ包んでもらえるか」
「もちろんでございます」
「仏に置きたい」
宗介はくをげた。
その夜、武士の話を聞いた福は嬉しそうにはしゃぐこともなかった。
ただ包みをえながら、さく言った。
「いしていただけて、よろしゅうございました」
宗介はその横顔を見た。
そのから、泡の噂はしずつ変わっていった。
派な板もさない。
値げもしない。
声で客を呼び込むこともない。
それでも文が友へ伝え、配の商が切な客を連れてきた。
「あそこには、変わった菓子がある」
「いや、変わったというより、忘れられぬだ」
「をる、議と気持ちが軽くなる」
評判は華々しく広がるのではなく、静かにからへ渡っていった。
宗介は帳簿を見て驚いた。
客の数は急激には増えていない。
それなのに、同じ客が以より頻繁に戻ってくるようになっていた。
そして皆、福が作った菓子の名を覚えている。
「母待ちを」
「今は隠しがあるか」
「のの梅をつ包んでくれ」
泡はしずつ息を吹き返していた。
宗介が福を見る目は、嫁いできた当初とらかに変わり始めていた。
福は菓子作りが巧いだけではなかった。
客をよく見ている。
だが議なことに、福は客へ必以に話しかけることはなかった。
役所帰りらしい男が疲れた顔で入ってくれば、いつもよりしい茶をす。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
余命半年からの再出発
余命を告げられた日、夫は離婚届を置き、息子も「必要なことがあったら連絡して」と距離を置いた。 58歳の桐谷佳代子は、病気だけでなく、33年間築いてきた家族まで同時に失った。 誰もいない台所で一人分の味噌汁を作りながら、絶望の中にいた佳代子だったが、病院で出会った人々との縁をきっかけに、少しずつ自分の人生を取り戻していく。 治療、離婚、家を失う危機。 それでも彼女は、針と糸を手に取り、病気と向き合う人のための帽子作りを始める。 家族に必要とされることでしか自分の価値を感じられなかった女性が、人生のどん底から見つけた本当の生き方とは――。人生逆転|夫婦|第二の人生2.0萬字5 1 -
完結第15話
消えた実印
嫁が実印を隠した本当の理由。 姑が泥棒だと思った相手は、家を守るために動いていた。 70歳の誕生日を前に、仏壇から消えた大切な実印。 前日に家へ来ていたのは、長男の嫁・香織だけだった。 家の売却を調べていた嫁。 勝手に印鑑を持ち出した嫁。 文江は、すべてを裏切りだと思っていた。 しかし、弁護士から届いた一通の書類によって、隠されていた真実が明らかになる。 母の家を売ろうとしていた本当の人物は誰なのか。 そして、嫁が命をかけて守ろうとしていたものとは――。嫁姑|親不孝2.3萬字5 0 -
完結第12話
朝5時の鬼電話
朝5時。 橋本日向のスマートフォンに、義母・京子から鬼のような電話がかかってきた。 「息子と0歳児の娘を放置して朝帰り? あなた、母親失格よ」 しかし日向には、何の覚えもなかった。 生後6か月の娘を育てながら、毎日夫の弁当を作る彼女に、夜遊びする時間など存在しない。 それなのに近所では、 「幼い子供を置いて遊び歩く妻」 という噂が広がっていた。 夫・大輝は妻を信じ、真相を確かめるため実家へ向かう。 そこで見つけたのは―― 日向と同じ服。 日向と同じバッグ。 そして、自分たちの写真を改ざんした証拠。 すべての裏にいたのは、夫の妹・明里だった。 なぜ彼女は義姉になりすまし、人生を壊そうとしたのか。 兄への歪んだ執着。 家族だから許されると思い込んだ狂気。 朝5時の一本の電話から始まった騒動は、やがて夫婦が本当に守るべきものを明らかにしていく。 愛情と執着を履き違えた家族の嘘が、静かな日常を崩していく――。嫁姑1.8萬字5 5 -
完結第13話
実印を押さない母
3年前、「半年だけ」という約束で始まった息子一家との同居。 夫を亡くし、一人暮らしだった67歳の佐伯佳代子は、息子夫婦と孫たちを自宅に迎え入れた。最初は賑やかで温かな暮らしだったが、いつの間にか食事、洗濯、孫の送迎、生活費の負担まで、すべてが佳代子の“当然の役目”になっていく。 そんなある日、息子が何気ない口調で切り出した。 「母さん、この家さ。そろそろ俺の名義にしない?」 家族だから。どうせ将来は相続するから。リフォームのためだから。 そう説明されながらも、佳代子の胸には小さな違和感が残る。そして偶然見つけた一枚の書類には、名義変更後の家の売却と、佳代子を高齢者住宅へ移す計画が書かれていた。 家族のために黙ってきた母が、初めて自分の人生を選び直す。 名義変更の日、佳代子が判子を押したのは、家を渡す書類ではなかった――。嫁姑|親子関係|金銭問題2.0萬字5 0 -
完結第13話
消えた託児代7万円
2001年、東京の外れにある義実家で暮らす保育士のゆいは、夫の妹・安奈から何度も娘の子守りを押しつけられていた。 「保育士でしょ?」 「家族なんだから」 「今日だけお願い」 そう言われるたび、ゆいは仕事帰りに1歳のクレアを風呂に入れ、寝かしつけ、夜泣きにも起きてきた。けれど夫も義母も、それを“当然の手伝い”としか見ていなかった。 ある朝5時半、安奈は39度の熱を出したクレアを抱えて現れる。 「娘の子守りよろしく」 仕事を理由に断ろうとするゆいへ、夫は笑って言った。 「保育士なんだから慣れてるだろ。ケチくさいこと言うなよ」 その一言で、ゆいの中で何かが切れた。 なぜ安奈は、そこまで頻繁に娘を預けていたのか。 なぜ“仕事”と言って家を空ける日が増えていたのか。 そして、クレアの父親だけが知らなかった事実とは――。 便利な保育士として扱われ続けた嫁が、初めて「無理です」と告げた日、義家族の隠された嘘が静かに崩れ始める。兄弟姉妹|夫婦1.9萬字5 3 -
完結第13話
100億の身代わり花嫁
貧しさに追い詰められた28歳の美咲は、妹の命を救うため、68歳の不動産王・大鳥幻蔵との結婚を受け入れた。 5000万円の借金は消え、妹の手術費用も用意される。そう信じて臨んだ結婚式で、美咲は親族たちから「金目当ての女」と嘲られながらも、ただ耐え続けた。 だが初夜、幻蔵は優しい夫の顔を捨て、恐ろしい真実を告げる。 美咲は妻として迎えられたのではなかった。100億円の借金と危険な会社を押しつけられる“身代わり”として選ばれたのだ。 妹を人質に取られ、逃げ道を失った美咲。夫、親族、裏社会、病院までもが敵に回る中、彼女は静かに涙を拭う。 誰も知らなかった。 彼らが「底辺の女」と笑った美咲こそ、10年間、父の死の真相を追い続けてきた人物だったことを――。夫婦|金銭問題1.9萬字5 3 -
完結第13話
十六歳の毒薬花嫁
江戸中期、奥州郡山の大店・高野家には、余命三月と告げられた若旦那・湊がいた。 歩くこともままならず、医者からは「春までもたぬ」と見放された男。誰も嫁ぎ手など現れないと思われたその家の門を、ある冬の朝、十六歳の娘・凛が一人で叩く。 「三月なら三月、三日なら三日でも構いません」 そう言って自ら若旦那の嫁になった凛だったが、彼女には誰にも明かしていない目的があった。 苦くないはずのない薬。帳簿に増え続ける不自然な数字。井戸へ捨てられた父の形見。 病とされていた若旦那の命、罪人にされた父の名、そして大店に二十一年隠されてきた嘘。 十六歳の娘が嫁いだ本当の理由が明らかになる時、高野家の運命は大きく変わり始める。夫婦2.0萬字5 0 -
完結第11話
赤ワインの逆転離婚
因果応報|夫婦1.6萬字5 0 -
完結第11話
夫の顔と20年目の罪
8歳の事故で母と光を失った桜田はるかは、暗闇の中でピアノだけを支えに生きてきた。 父の死後、叔父に勧められるまま結婚した相手は、名門病院の跡取り息子・桜田真一。寡黙ながらも優しく、毎日花束を贈ってくれる夫を、はるかは心から信じていた。 そしてある日、20年待ち続けた角膜移植手術の順番が回ってくる。 初めて夫の顔を見られる――。 そう思って迎えた包帯を外す日。眩しい光の中で、はるかの前に立っていたのは、愛していたはずの夫とはまるで違う男だった。 「あなたは誰?」 病室に凍りつく空気。夫を名乗る男、黙り込む周囲、そして誰もが隠していた結婚の嘘。 やがてはるかは、20年前の事故と、ガーベラに隠された本当の意味へとたどり着いていく。人生逆転|夫婦|真相1.7萬字5 0 -
完結第12話
娘の遺した手紙
娘の葬儀を終えたその夜、43歳の佐藤陽子は夫から家を追い出された。 「もうお前を置いておく理由はない」 20年間支えてきた夫から浴びせられた冷たい言葉。さらに夫は、亡くなったばかりの娘の保険金を手に入れようとしていた。 しかし、夫が知らなかったのは、陽子が何も持たない専業主婦ではなかったこと。 祖父から受け継いだ700億円規模の資産、そして夫の裏切りを暴くために動き始めた秘密の調査。 やがて明らかになる、娘の死に隠された真実。 最後まで母を思い続けた娘が残した一通の手紙が、止まっていた家族の時間を動かし始める――。夫婦|親子関係1.8萬字5 0