"昭和32年、町中が機を止めた日に織り続けた73歳の女" 第13話
の音
けには、違いの布について約束した賃の度目の支払いがあった。入が遅れ、沢から期を週延ばしてほしいと申しが来た、園子は真っ先に反対した。必な薬を買うまで延ばすことはできない。澄は額と付を細かく分けて、りないへ先に支払う段取りを提案した。最の分が全員へき渡ったのは、がし緩んだころだった。予定どおりとはいかなかったが、今回は誰にも黙って条件を変えなかった。ヨシはその話を聞いても、びの声をげなかった。払われて当然のものが払われたのだから。ただ、し肩の力が抜けた。
がけ、昭のが溶け始めた。根から落ちるはまだたく、のは靴にまとわりついた。女たちのからは、以ほど斉にはの音がしなかった。それでも朝になると、ぽつり、ぽつりと違う音が聞こえた。の裏を織る。縞物のさな注文を受ける。しばらくを休ませる。どのにも別の計がいていた。
ヨシのでは、以ほどくがかなくなった。の親指がうように曲がらず、目も疲れやすい。診療所の医者からは休むよう言われた。ヨシは最初、聞こえないふりをしていた。けれど信夫が学から帰るたび「今は何反?」
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と聞くのをやめてから、自分も数字を追うことをしずつやめた。
ある、町の若い女が訪ねてきた。縞を織る、幅がそろわず困っているという。フキがヨシに聞いてみたらどうかと勧めたのだ。
ヨシはのへ座らず、に座ってもらった。の踏み方、糸の張り、杼を返すの首の角度。何度もやり直すうちに、若い女のが笑いした。
「ヨシさん、これなら反織るまでにかかるよ」
「で覚えられるならしたものさ。私はかかった」
もうが杼を落とし、全員で拾った。笑っているうちに、のにくなっていた部の空気がし柔らかくなった。
苗は台所で茶を淹れ、来た布の幅を測っていた。昔はヨシが最に見るまで何も決まらなかったのに、今では苗が「ここはやり直し」と言う。ヨシは度はをきかけ、やめた。苗の見るところは正しかった。
の初め、フキが来た。にしい仕事のを持っている。問が縞物を量ずつ買い取ることになり、次のは反だけ試すという。賃は百円をし回るが、糸の配が変わるので、見本からやり直す必がある。
「受けるかい」とヨシ。
「私は反だけ。あとは園子が反戻るって。子のが落ち着いたら、いならできるそうよ」
「ミネはどうしてる」
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「向こうので忙しいらしい。をもらって、親に物を買ったってが来た」
ヨシは笑った。
「その子なら、もう私に教わることもないだろうね」
「そんなことないわよ。戻ってきたら、またうるさいこと言われたいんじゃない?」
は縁側に腰をろした。の、度も言えなかった話があった。フキが持ってきたのは、の初に使っていただった。古い賃としい賃が、きな字で並んでいる。
「これ、捨てようかとったけど」
「捨てなくていい」
「まだってる?」
ヨシは首を振った。
「私は、あのを忘れたくない。みんなが止めたに、私だけかした。正しいことをしてるつもりだった」
フキはを裏返した。裏には集会所の畳の汚れがしついていた。
「私だって、あのあなたのにった、信夫君を見て気持ちが揺れたのよ。止めてくれって言いながら、私にもすぐ解決できる方法はなかった」
「なかったね」
「でも、あのやめていたら、で緒に話せたかもしれない」
ヨシはし考えてから言った。
「今は話してるじゃないか」
フキは頷いた。はしばらく川の流れる音を聞いた。
の終わり、町の映画館で曜の昼興があった。苗はためておいた袋のをし、分の切符を買った。信夫は病院へくと違うに乗るのが嬉しくて、窓のの板を声にして読んだ。
映画の内容を全部覚えているわけではない。帰り、信夫は登物の真似をして苗を笑わせた。ヨシは暗い客席で途し眠ってしまい、信夫からひどくからかわれた。だが帰りにで温かな饅をつずつ買ったことは、よく覚えていた。計にはさくない費だった。翌の病院代が突然増えるかもしれないともった。それでも苗が切符を握っていたの顔を見ると、あのを別のことへ使えばよかったとはわなかった。
の初め、ヨシはフキに相談し、教えに来る若い女たちから毎回ほんのしだけ指導料を受け取ることにした。最初は「おをもらってに教えるなんて」とためらったが、教えるを無償にすれば、また誰かの労働を見えなくしてしまう。分の茶をし、具をえ、怪をしないよう注して緒に見る。それだけでもの半分が過ぎる。若い女たちには、い習い事はできないと伝えた。ヨシは「払えるだけでいい」と言いかけ、やめた。決めた額で無理なら、そのは休んでもらえばいい。あいまいな好だけで続けるより、さな約束を守るほうがく続く。
映画の話をした苗は、分の入料を袋に取り分けていた。曜の午、信夫が急に咳き込めばかけられない。そのはまた次のにしよう、と苗は言った。
ヨシは「せっかく貯めたのに」とにしかけたが、袋を机の奥へ戻した。何のためのかを族が決めるのは、今までった以に難しい。でも、し嬉しいことでもあった。
、信夫はしい学にがった。病気がすっかり治ったわけではない。々、夜に咳き込む。だが朝は自分でランドセルを背負い、苗に送りされて歩く。ヨシは玄関で見送り、のある部へ戻った。
部には、の若い女が座っている。は杼を持ち、もうは踏みを確かめていた。ヨシは鉢の側に子を置き、い湯をすすった。
「おばあちゃん、ここ、またずれた」と若い女が言った。
「どこでずれたとう」
「本かな」
「じゃあ本を見てみよう」
若い女は糸をほどいた。ヨシは代わりにをさなかった。
しばらくすると、がいた。
ガタン、ガタン、ガタン。
の、町じゅうが静まった朝に響いていたのと同じ音だ。あのは誰かに見られるのが怖くて、杼を止めることができなかった。今は音が途切れても構わない。止まったら、直し方を考えればいい。
信夫が学から戻り、玄関に顔をした。
「ばあちゃん、ただいま」
「おかえり」
ヨシは振り返った。若い女のがまた杼を送り、布の端にまっすぐな本の線がまれた。
その線がどこまで続くのか、ヨシはもう自分だけで決めようとはわなかった。
終
史実と創作について
本作は昭の陸織物産を台とする創作説です。坂井ヨシをはじめ、登物、町、賃額、注文内容、労使交渉、具体な来事は架空のものです。昭代から代にかけて陸の絹織物産が況変、加賃の迷、内労働と械化の転換に直面したことは、福井県史などの資料を背景として参照しています。作品内の額を当の般な実勢賃として引用しないでください。