"昭和39年、給食費泥棒にされた少女" 第1話
棒と呼ばれた
「費を盗んだのは、岸田子さんです」
昭。
学だった私は、の同級ので、担任の森先から棒だと言われた。
なくなったとされたのは、クラス全員の費、千百円。
先は私を黒板のにたせ、みんなに向かって言った。
「子さんが正直に謝れば、このことは終わりにします」
私は何度も首を振った。
「私、盗んでいません」
「では、どうして職員の集箱を触ったの?」
「先に頼まれたプリントを取りにっただけです」
「言い訳はやめなさい」
先の声はきくなかった。
それがかえって怖かった。
森先は歳で、では派な先だと評判だった。
髪をきっちり結い、授業に鳴ることはほとんどない。字がきれいで、保護者会でも丁寧に話す先だった。
そんなが、私をまっすぐ見ていた。
「子さん。先は、あなたが悪い子だとはいたくありません」
私は唇を噛んだ。
「じゃあ、信じてください」
先はため息をついた。
「あなたが正直にならないから、先も困っているのよ」
教のろで、誰かがさく笑った。
私は振り返らなかった。
そのの朝、私はいつもどおり登した。
庭の桜はすっかり葉を広げ、教には湿ったの匂いが入り込んでいた。
当番だった私は、友達の吉井文ちゃんと緒に、器を運ぶ伝いをした。
広告
調理の好トミさんが、いつものように声をかけてくれた。
「子ちゃん、いからで持ちなさいよ」
私は文ちゃんとアルミの器を運んだ。
そのあと職員へったのは、森先に席数をいたを取ってくるよう頼まれたからだった。
机のにがなく、私は引きしをつけた。
すぐに先の声がして、私はを止めた。
「何をしているの?」
「数のを探していました」
先は私を見て、しだけ顔をこわばらせた。
「もういいから、教へ戻りなさい」
それだけだった。
私は何も疑わなかった。
ところが昼休みが終わると、先は教壇にち、費の入った封筒がなくなったと言いした。
そして、私を指名したのだ。
「職員にでいたのは、子さんですね」
私は答えた。
「はい。でも、封筒なんて見ていません」
そのとき、文ちゃんがを挙げた。
「先。私、子ちゃんが引きしをけているのを見ました」
私は驚いて振り向いた。
「文ちゃん、私、プリントを探していただけだよ」
文ちゃんは目をわせなかった。
「でも、引きしをけたのは本当でしょう」
「そうだけど……」
その瞬、教の空気が変わった。
私が何を言っても、みんなはすでに答えを決めているようだった。
先は私の机を調べた。
ランドセルのも、箱の裏も、教科のも。
広告
おはてこなかった。
それなのに先は言った。
「きっと、どこかへ隠したんでしょう」
私はったまま泣いた。
悔しくて泣いたのに、その涙さえ、悪いことをした証拠のように見られた。
放課、父が学へ呼びされた。
父はの自転修理を営んでいた。
油の染みた作業着のまま職員に入り、先の話を聞いた。
「娘が盗んだという証拠はあるんですか」
父は静かに尋ねた。
先は答えた。
「証拠というより、状況から考えて……」
「では、まだ決まったわけじゃありませんね」
「岸田さん。学としては、子どもが自分の過ちを認めることも切だとっています」
父は私を見た。
「子。本当のことを言いなさい」
私は泣きながら答えた。
「盗んでない」
父はうなずいた。
「分かった。帰ろう」
先は引き止めた。
「このままでは、ほかの保護者も納得しません」
父は振り返った。
「私の娘が盗んだと決まったのなら、警察でも何でも呼んでください。でも、決まっていないなら、みんなので棒扱いするのはやめていただきたい」
そのときの父の背を、私は今でも覚えている。
きな背ではなかった。
けれど、あのの私には、誰よりも頼もしく見えた。
それから、での暮らしは変わった。
登すると、私の机だけがしされていた。
当番の順番から名をされた。
仲のよかった子が、私の鉛を借りなくなった。
自転修理にも、妙な噂が流れた。
「娘が学のおを盗んだらしい」
父は何も言わずに仕事を続けたが、常連だった客が来なくなったことに、私も気づいていた。
母は私のでは気丈に振るった。
それでも夜、台所で父と声で話しているのが聞こえた。
「子を、ここに置いておいていいのかしら」
私は布団ので目を閉じた。
自分が盗んでいないことを、どうすれば証できるのか分からなかった。
、私は隣町の学へ転することになった。
森先は、最のにこう言った。
「しい学では、同じ違いをしないでね」
私は答えなかった。
謝ってしまえば、本当に盗んだことになる。
だから、どれほど苦しくても謝らなかった。
それから。
平成の。
歳になった私は、廃になった母を訪れた。
児童数が減り、に閉した舎は、内に取り壊されることになっていた。
私は隣県の図館で、郷資料の理をしていた。
学に残された古い記録を理する伝いを頼まれ、ぶりに教へ入ったのだ。
廊には、昔と同じようにワックスの匂いが残っていた。
の教へ入ると、窓際に古い製の戸棚があった。
費を盗んだと責められた、私がたされた黒板も、まだそこにあった。
私はしばらく教を見つめていた。
そのとき、資料理をしていた男性が声をかけた。
「岸田さん。これ、見てもらえますか」
戸棚の奥から、古い帳簿がてきたという。
表には『昭度 学費納簿』とかれていた。
私は何気なくページをめくった。
の欄で、指が止まった。
『組 費 千百円』
その横に、赤い印が押されている。
『入済』
付は。
私が棒だとされた、だった。
私は何度も確認した。
千百円。
組。
違いない。
しかも、その横には森先の字で、い注記が残っていた。
『全額確認済。未収なし』
私は帳簿を閉じることができなかった。
費は、最初からなくなっていなかった。
それなら、なぜ私は、棒と呼ばれてきたのだろう。