"昭和三十九年、父の止めた記事が暴いた新聞記者親子の真実" 第11話
過酷な環境を乗り越え、しい換気設備が導入された清潔なで、笑顔で最の布をトラックへ積み込む初たちの姿を描いた、温かいルポルタージュだった。
記事の末尾には、こう記されていた。
『華やかな表彰台の真には、鉄の匂いとの匂いにまみれてこの国を支える、数え切れない無名の英雄たちがいる。そのひとりの暮らしを守ることこそが、この祝祭が未来に残すべき、真の遺産ではあるまいか』
競技の空に、数千羽の鳩が斉に放たれた。
い翼がれの空を埋め尽くしていく景を見げながら、達也は胸ポケットの万をそっと握りしめた。
父から受け継いだ、く、鋭く、そして温かい本のペン。
これからの激の昭を、度成の歪みと戦いながら、自分はこのペンとともにきていくのだという確信が、青の胸を満たしていた。
それからの歳が流れた、昭の初。
聞京本社、社会部デスクの席に、歳になった佐伯達也が座っていた。
眉には父・誠に似たい索の皺が刻まれ、その鋭い差しは、部である若い記者たちから畏敬のをもって見つめられていた。
田角栄の『本列島改造論』が世を席巻し、本が価騰と公害問題、そして急激なインフレの荒波に揉まれていた代だった。
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聞の面は、国交正常化や連赤軍事件など、激する社会の断面を連凄まじい量で報じ続けていた。
「佐伯デスク、原稿がりました!」
駆け寄ってきたのは、今入社したばかりの米記者、だった。歳。かつての達也と同じように、正義に燃える瞳を輝かせている。
「摩川の化学による排垂れ流し疑惑の追及記事です。の守を締めげ、裏帳簿のコピーもに入れました。今夜の社会面トップで、経営陣の責任を徹底に追及する告発記事に仕げました!」
が胸を張って差ししてきた原稿用の束を、達也は静かに受け取った。
達也は赤鉛をに取り、原稿の文字を追った。
鋭利な致、容赦のない糾弾、悪を叩き潰すことへの無邪気な揚。そこには、歳のあの、自分が絹紡に向けていた最初の原稿と、寸分違わぬ「正義の刃」が並んでいた。
達也は原稿を読み終え、ゆっくりと揃えて机に置いた。
そして、机の引きしから、通の黄ばんだ封筒を取りした。
に入っていたのは、昭の、絹紡の森初から届いた、最初のだった。
『佐伯さん、弟が無事にへ学できました。にはしい換気扇がついて、みんな元気に布を織っています。あの、私たちの活を壊さずに守ってくださって、本当にありがとうございました』
達也はを指先でなぞり、それからの顔をまっすぐに見据えた。
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「。この記事をくに、おはこのの社の族に会ったか」
が怪訝そうに眉を寄せた。
「いえ……会っていません。叩くべき相は経営者ですから」
「が操業止になった、そこで働く請けの員たちや、その族の活がどうなるか、その裏付けは取ったか」
「それは……政や会社が補償すべき問題です。僕たち記者の仕事は、悪をのに晒すことじゃないですか!」
の声がずった。かつての自分の声が、そのまま返ってきたようだった。
達也はちがり、の肩にそっとを置いた。
「。記者はな、見たものをそのままく仕事じゃない」
達也のから零れたのは、幼い頃、父・誠が自分の膝ので語り聞かせてくれた、あの言葉だった。
「の当たらない所にいる、誰も声を聞いてくれないの代わりに、声限りに叫んでやる仕事だ。……だがな、正しい記事ほど、を残酷に殺すものはないんだよ」
が息を呑み、目を見いた。
「この記事を落とせとは言わない。だが、もう半取材をねろ。悪を糾弾する言葉の裏側に、押し潰されそうになっているの命を、活を、おの目で見てこい。その痛みを面にき込む覚悟ができた、おのペンは本当の武器になる」
達也は原稿用をの元へ戻した。
は原稿を見つめ、やがてくをげて編集局を駆けしていった。
達也は窓辺に歩み寄り、初の座のを見ろした。
の型ビジョンには、カラーテレビの鮮やかな映像が踊り、ビルのを無数の自が排気ガスをげてり抜けていく。代は恐ろしい速度で移り変わり、聞を取り巻く環境もまた、激の渦のにあった。
しかし、どれほど代が変わろうとも、がを記録する限り、変わってはならないものがある。
達也は内ポケットから本の万を取りした。
父・誠が遺していった、擦り切れた黒い軸の万。
『事実をくこと。だが、その事実の向こう側にいるを、決して忘れないこと』
父の魂は、今も自分のに、そして次の世代の若者たちのペン先のに、確かに息づいていた。
夕暮れの空に向かって、夕刊を積んだトラックが次々と本社を発していく。
の鼓を伝えるその輪転の響きので、達也は静かにキャップをし、しい原稿用の最初の目へと、温かいインクのを落とし始めた。