"消えた妻と青いマグカップ" 第9話
「隠されてなかったんです」
紗季は言った。
「お母さんもお父さんも、普通に話してくれてました」
美の胸が、
し痛んだ。
紗季が「お母さん」と呼ぶ相は、
自分ではない。
当たりだった。
*
「探そうとったのは最です」
紗季は続けた。
「父が、母の荷物を理してたら類がてきて」
そこに、
森川美という名があった。
「すぐ探したの?」
美が聞く。
「いいえ」
紗季は笑った。
「くらい、そのままでした」
「どうして?」
「怖かったから」
その言葉に、
美は顔をげた。
紗季は続けた。
「会いたいのか、自分でも分からなかったんです」
実の母親。
そう聞くと、
何か特別ながあるようにわれる。
でも紗季には、
育ててくれた母親がいた。
族もあった。
美を探すことが、
その母親を裏切るような気もした。
「でも妊娠して」
紗季は、
自分のお腹に触れた。
まだのからは、
それほど目たない。
「急に気になったんです」
「何が?」
「産むって、どんなじなんだろうって」
美は息を止めた。
*
紗季は、
美を責めなかった。
「どうして放したんですか」
とも聞かなかった。
それがかえって、
美には苦しかった。
しばらくして、
紗季が言った。
「つだけ聞いてもいいですか」
「うん」
「嫌だったら、答えなくてもいいです」
美は頷いた。
紗季は、
コーヒーカップを両で包んだ。
「私がまれた」
そこで度、
止まった。
広告
「嬉しかったですか?」
美は、
何も言えなかった。
*
嬉しかった。
そう答えればいい。
事実だった。
まれた瞬。
さな顔を見た。
腕に抱いた。
確かに嬉しかった。
でも同に、
怖かった。
この子を放すが来ること。
自分が育てられないかもしれないこと。
周りから、
別のを選ぶよう求められていること。
全部が緒だった。
だから、
「嬉しかった」
だけでは、
嘘のようにえた。
逆に、
「怖かった」
と言えば、
紗季を傷つける気がした。
美の目から、
涙が落ちた。
紗季は急かさなかった。
い沈黙のあと、
美はようやく言った。
「嬉しかった」
声が震えた。
「すごく」
それから、
続けた。
「でも、怖かった」
紗季は黙って聞いていた。
「嬉しくて、怖くて、したくなくて。でも、自分で育てるって言い切れるほど何も持ってなくて」
美は、
テーブルので両を握った。
「ごめんなさい」
紗季はすぐに首を振った。
「謝ってほしくて聞いたんじゃないです」
「でも」
「りたかっただけです」
「何を?」
紗季は、
し笑った。
「まれた、回でもんでもらえたのかなって」
美は、
もう度泣いた。
「んだよ」
今度は、
迷わなかった。
「あなたを抱いた、本当に嬉しかった」
紗季は、
さく頷いた。
「それなら、よかったです」
*
会話は、
く続いた。
紗季は父親のことも聞いた。
美は、
分かる範囲で答えた。
ただし、
きれいな話にはしなかった。
広告
若かった。
かった。
最まで守れなかった。
自分も署名した。
「誰かに取られたわけじゃない」
美は言った。
「最に決めたのは、私だから」
紗季は、
何も言わなかった。
帰り際。
さな封筒を美へ渡した。
には、
超音波写真が入っていた。
「これ」
「いいの?」
「枚もらったので」
美は、
写真を持ったままけなかった。
紗季が言った。
「次に会うかどうかは、まだ分かりません」
「うん」
「でも、今は来てくれてありがとうございました」
「こちらこそ」
また、
はをげた。
最まで、
紗季は美を「お母さん」と呼ばなかった。
美も、
それを望まなかった。
*
駐へ戻った美は、
助席に座った途端、
泣き始めた。
藤田は何も聞かなかった。
分ほどして、
ようやく言った。
「松本へ戻りますか」
美は、
首を横に振った。
「まだ無理」
「先輩に話だけでも」
「できない」
「でも」
「今帰ったら」
美は、
超音波写真を握った。
「全部なかったことにして、普通にに入っちゃうとう」
「それじゃだめなんですか」
「だめ」
美は言った。
「もう、なかったことにしたくない」
*
藤田は、
美を野県部のさな宿へ送った。
途で何度も、
健へ連絡するよう言った。
美は、
「には」
と答えた。
だが翌朝になっても、
話できなかった。
藤田は、
「これ以は無理です」
と言った。
「先輩、もう探してます」
美は顔をげた。
「警察にもってる」
「……警察?」
「俺も連絡が取れないことになってる」
藤田は、
自分の携帯を見た。
健からの着信が何件も残っている。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
15年後に消えた罪
1984年、東京・世田谷の古い木造住宅で起きた火災。 亡くなったのは、72歳の老人・近藤商司だけではなかった。 焼け跡から見つかったもう一人の女性の遺体は、なぜか新聞紙に包まれ、灯油の痕跡まで残されていた。 当初、事件は老人と介護士の間で起きた悲劇として処理された。 しかし15年後、古い書類に残された一つの署名と、焼け跡に残された小さな証拠が、隠され続けた真実を再び動かし始める。 消えた500万円。 偽造された署名。 そして、誰も疑わなかった親族の存在。 長い年月を経て明らかになった、静かな住宅街の奥に隠された衝撃の真相とは――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 126 -
完結第11話
地下室に消えた名前
旧精神療養所の解体前調査で発見された、図面には存在しない地下室。 そこには、番号だけを付けられた6人分の遺骨と、半世紀前に消された人々の記録が残されていた。 かつて「自死」と処理された女性たちは、本当に自ら命を絶ったのか。 調査を進める刑事たちは、古いカルテ、残された手紙、そして元医師の告白から、病院の地下に隠されていたもう一つの歴史へたどり着く。 しかし、そこにあったのは単なる事件の真相ではなかった。 名前を奪われ、声を失った人々と、長年沈黙を守り続けた社会の記憶だった――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 77 -
完結第13話
嘘葬りの豆腐店
1991年、茨城の古い商店街で、豆腐屋の嫁・美香が突然姿を消した。 姑と夫が語ったのは、「男を作って夜逃げした」という話。幼い息子を置いて消えた母親として、美香の名は商店街で長く汚され続けた。 しかし6年後、借金による強制執行で高橋豆腐店が取り壊されることになる。誰も近づこうとしなかった裏手のボイラー室。そのコンクリートを掘り返した時、そこから現れたのは、色褪せたスカーフと小さな金の指輪だった。 男と逃げたはずの嫁は、なぜ自宅の床下にいたのか。 そして家族は、6年間何を隠し続けていたのか。 雨の夜に消えた母の名誉を取り戻すため、古い商店街の沈黙が少しずつ崩れ始める。ミステリー|行方不明1.9萬字5 13 -
完結第13話
消えた退院前夜
1991年5月、静岡県の総合病院で、退院を3日後に控えた43歳の女性・田中道子が忽然と姿を消した。 手術は無事に終わり、回復も順調。財布も保険証も病室に残されたまま、彼女だけが夜の病院から消えていた。 最後に確認されたのは、消灯時間の午後9時。翌朝、看護師がカーテンを開けた時、そこに道子の姿はなかった。 自ら出て行ったのか。誰かに連れ去られたのか。それとも、病院の中で何かが起きていたのか。 家族は必死に行方を探し続けるが、手がかりは見つからないまま季節だけが過ぎていく。 そして8か月後、病院の監査で見つかった小さな異変が、すべてを変える。 消えた投薬記録。数の合わない睡眠導入剤。修正されたカルテ。 信じていた病院の奥で、道子に何が起きていたのか――。ミステリー|真相|行方不明1.9萬字5 9 -
完結第13話
長野中部山岳紅葉山カップル失踪事件
2019 年 10 月、韓国束草・雪岳山で忽然と姿を消した 20 代の恋人カップル。 山の監視カメラに最後の後ろ姿を残し、それきり跡形もなく消えてしまった二人。 大規模な山間捜索を何度も行ったものの、衣類の切れ端一つ見つからず、3 年間も謎のまま放置されていたこの失踪事件。 3 年後、排水溝の底から発見された一台の携帯電話。 本体に復元された記録の中に、たった 9 秒(原文 6 秒調整可)の謎の通話履歴が残っていたのです。 撮影した第三者の姿は監視カメラにも目撃談にも一切残らず、臨時インターネット電話番号からかかってきた不可解な電話。 通話直後、二人のスマホが同時に電源オフになる不可解な記録。 リュックの隠しポケットから出てきた手描き地図と謎のメモ「ここへ行けばある。17 時 25 分より前に渡るな」。 警察が調べても特定できない撮影者、地図に載っていない危険な山道、時系列が繋がる不自然な証拠たち… 長野(原文韓国束草に統一)の山に隠された、誰も想像できない真相とは? 年配の方も分かりやすく時系列順に整理した事件全貌、今すぐ全文を読んでみてください。真相|遺體発見|行方不明2.0萬字5 10 -
完結第13話
隠された十五年の物語
2005年、日本で誰も深く探ろうとしなかった不気味な過去がある。 生涯質素に暮らし、一文無しに近い老夫婦がいた。 一生懸命働き、大金とは無縁の日々を過ごしてきた二人に、思いがけない幸運が舞い込んだ。 閑古鳥が鳴くパチンコ店で、前代未聞の大当たりを出し、一夜にして大金を手に入れ、念願の一戸建てを購入したのだ。 苦労の末に手にした新居で、穏やかな老後が待っているはずだった。 だが誰も予想しなかった——引っ越してたった3日、老夫婦は新居ごと跡形もなく消え失せた。 庭の草木は新しく植えたばかりの瑞々しさを残し、部屋のお茶はまだ温かく、布団も整えられたまま。 主人だけが、この世から忽然と姿を消したのだ。 警察が数日間捜索したものの、手がかりは一切なく、最終的に不可解な失踪事件として処理された。 だが地元の古株の住民は皆知っている。この予期せぬ大当たりは、贈り物ではなく、命を懸けた交換取引だったと。 大金を手にした直後に消えた理由とは?空き家の下に隠された真実とは? 当時誰も口にできなかった封印された真相を、今こそ完全に解き明かす。真実|裡の顔|真相|遺體発見|行方不明1.9萬字5 9 -
完結第13話
消えた母の 10 年地下室
1993 年、お盆の帰省途中で姿を消した若い母親―10 年後、地下室で衝撃の真実が明らかに! 隣に住む親切な青年が、彼女を長年地下室に監禁していた悪夢の物語。 幼い息子だけが地下室に隠れた母と遭遇し、守らなければならない秘密を抱える。 夫の不審な観察、祖母の疑念、犯人の焦り… 積もった疑惑がついに決定的な瞬間を迎える。 10 年間の監禁、脅迫、欺瞞が一気に暴かれる衝撃結末。 失われた家族の絆が、長い悪夢を乗り越えて再びつながるまでの全記録。裡の顔|真相|遺體発見|行方不明2.0萬字5 16 -
完結第13話
マカオに消えた花嫁
2010年4月、マカオへ新婚旅行に訪れた日本人夫婦・田中浩司と山田愛子は、ホテルに荷物を残したまま忽然と姿を消した。 最後に確認されたのは、観光地の監視カメラに映った2人の姿。部屋に争った形跡はなく、財布も荷物もそのまま。誘拐か、事故か、それとも自ら消えたのか――事件は真相不明のまま、12年という歳月に埋もれていった。 しかし2022年、1人の女子大生がSNSで見つけた写真が、凍りついた時間を動かす。 マカオの街で中国人女性と寄り添う中年男性。その顔は、12年前に失踪したはずの夫・田中浩司に酷似していた。 では、彼と一緒に消えた妻・愛子はどこへ行ったのか。 幸せな新婚旅行の裏で、あの夜、本当は何が起きていたのか。 SNSに映った“夫の顔”が、12年間隠されてきた衝撃の真実を暴き出す。ミステリー|真実|行方不明2.0萬字5 1