"焼け跡の花束" 第5話
得た料の部を叔母へ渡し、残りは々、子のへ持っていった。
子のもとにいた子供たちも、ずつ親戚や施設へ移っていた。達夫は印刷所へみ込みで働きにて、信は方の親戚に引き取られた。幼い子と次郎は都内の養護施設へ移された。
に残っていたのは子と勇だけだった。子は以より痩せ、咳をする回数が増えていた。
「病院へった方がいい」
健が言っても、子は笑って首を振った。
「ただの邪よ。それより、学はどう?」
健は習った漢字を面へき、計算問題ができるようになったことを話した。子は自分のことより、健がしい活へなじめているかを気にしていた。
昭2112、京に厳しい寒波が訪れた。の隙からたいが入り、ない薪では夜通しを保つことができなかった。
健は叔父のから古い毛布を枚持ちし、子へ届けた。叔母には見つかり、翌朝激しく叱られたが、返しにこうとはしなかった。
数、子のを訪ねると、には誰もいなかった。所の女性から、子がをして倒れ、寺のへ運ばれたと聞かされた。
健は寺までった。子はい布団ので呼吸を苦しそうにし、目をけることも難しくなっていた。
「子さん、毛布を持ってきた。
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もっと持ってくるから」
健がを握ると、子はゆっくり目をいた。の顔を確かめ、さく笑った。
「学へってる?」
「ってる。字もけるようになった」
「よかった」
子はそれだけ言うと、再び目を閉じた。健は何もそばにいたが、叔父が迎えに来てへ連れ戻された。
翌朝、学へくに寺を訪ねると、子はすでにくなっていた。病名は肺炎と聞かされたが、い栄養で体力を失っていたことも原因だった。
子の葬儀に集まったのは、寺の僧侶と所の女性、健を含めて数だけだった。夫も息子もくし、正式な寄りがなかったため、共同墓へ葬られることになった。
健は、子の墓を作ってほしいと頼んだ。しかし墓を建てるももなく、僧侶はいつか余裕ができたに供養すればよいと慰めた。
「どこへけば、子さんに会えるの」
健が尋ねると、僧侶は困ったように答えた。
「墓がなくても、覚えているのにいるよ」
健には、その言葉が理解できなかった。のにいると言われても、を置く所も、話しかける所もなければ、子が本当に消えてしまうようにえた。
はで、かつてがあった焼け跡へ戻った。は撤され、よけにしていたレンガ壁だけが残っていた。
壁の根元には、のからさながていた。
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子が好きだったレンギョウはまだ咲いていなかったが、健は枯れた茎を数本集め、聞へ包んで置いた。
「になったら、ちゃんとしたを持ってくる」
健は壁へ向かって約束した。
それから3か、焼け跡に最初の野が咲いた。健は夜けにを摘み、レンガ壁のへ置いた。
だけのつもりだった。しかし翌朝になると、昨のがしおれていることが気になった。しいへ替えなければ、子が誰にも忘れられたように見えた。
そうして健は、毎朝を置くようになったのである。
源蔵が健の事をったのは、がを置き始めて約1かだった。健は子についてしずつ語ったが、自分が受けた空腹や、叔父のでの暮らしについては詳しく話さなかった。
ある朝、約束の刻を過ぎても健は来なかった。も置かれておらず、壁のにはのしおれたスミレが残っていた。
源蔵は学へ問いわせ、担任から健が欠席していると聞いた。所を教えてもらい、夕方、町れの叔父のを訪ねた。
玄関先には薪が積まれ、狭いで叔母が内職をしていた。源蔵が健のことを尋ねると、叔母は嫌そうに顔をげた。
「勝にへって、べ物をもらっていたんですか。理で最、私たちに隠し事をしているといました」
「働いてもらった分を渡していただけです」
「子供の仕事なんて、仕事になりませんよ。