"大正、子守奉公の少女" 第20話
昭の戸
昭、私は奉公の暮らしに区切りをつけることになった。故郷へ戻り、婿養子を迎えてを持つ話がまとまったのだ。歳で初めてよそのの戸にってから、あまりが過ぎていた。私はその、何度も荷物をまとめ、らないのをくぐってきた。
今度は、帰る所を自分の暮らしのにするのだとった。
旅順をれると決めたとき、私は雇い主にめに事を話した。今度は嘘をつかなかった。結婚すること、故郷で暮らすこと、仕事を引き継ぐが必なことを、順に伝えた。雇い主は残がったが、私の話を聞いてくれた。
私はそのことに堵した。い奉公活の最くらい、自分の言葉で別れを告げたかった。
荷物は相変わらずくなかった。着物と針箱、帳面、古い布巾、さな櫛。それに、文字を覚えたころの練習を数枚。から見れば、どれもたいした品ではないだろう。しかし私には、それぞれので過ごしたが染み込んでいた。
荷物を包みながら、あのときの女の声や、子どもたちの笑い声がよみがえった。
故郷へ戻ると、の根はしっかり直されていた。がっても、以のように桶を並べる必はないという。私は軒先にち、い見げていた。旅順で毎円ずつ貯め、円になるたびに送ったが、ここに残っている。
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の向こうで働いたが、こうして目に見える形になっていた。
母はを取っていた。私が奉公にたころのように、きびきびと庭を歩くことはできなくなっていた。それでも私を見ると、襟元にを伸ばしてし直した。歳の朝と同じ仕だった。私はわず笑い、母も笑った。
「今度はいつていくんだい」と母が冗談めかして言うので、私は「もうていかないよ」と答えた。声にすと、その言葉が自分の胸にも落ち着いた。
結婚の支度は華やかなものではなかった。のを片づけ、必な具を揃え、これから緒に暮らすと話をした。私は自分がく女として働いてきたことを隠さなかった。
子守りも台所仕事も、敷の作法も、旅順で覚えた言葉も、全部が私のだったからだ。相がどこまで理解してくれたかは分からない。ただ、これからの暮らしはで相談して決めたいと、私は伝えた。
の台所にった初、私は鍋の位置を決めるのに迷った。青のでは、のでは、旅順ではまた別の所だった。今まではそのの決まりを覚えることが私の仕事だった。けれどここでは、自分が使いやすいところに置いてよい。
私は鍋を持ったまましばらく考え、竈のくの棚に置いた。誰もそれを叱らなかった。
夕方、母と緒に膳を囲んだ。
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飯をよそい、汁を並べ、箸を置く。歳で奉公にた、度の飯をもらえると聞いてしたことをいした。あのころはべる刻さえ自分で決められなかった。
今は仕事を終え、の者と同じ膳につける。たいしたことではないようで、私にはいの果てにたどり着いた景だった。
夜、私は帳面をいた。最初のページには、たどたどしい字で送ったの額がかれていた。ろへむと文字はしずつい、旅順で覚えた言葉や、へ送った為替の記録が続いている。最の余に、私は「昭、へ帰る」といた。
鉛の線は、昔よりずっとまっすぐだった。
歳の私は、度の飯のためにらないの戸へった。からへ、から京へ、を越えて旅順へ。望まれることが嬉しいもあれば、帰る所がないようにじる夜もあった。
どのでも働き、失敗し、教わり、しずつできることを増やした。そのを、誰かが派だったと褒めてくれなくてもよい。私自が覚えている。
帳面を閉じると、台所からの支度をする物音がした。私はちがり、棚に置いた鍋を確かめにった。は何を作ろう。そう考えたとき、もう誰かのの決まりを探していないことに気づいた。私の暮らしは、ようやく私のから始まろうとしていた。