"大正、子守奉公の少女" 第10話
円の仕事
父の葬儀からほどなく、私は川というで女として働くことになった。これまでの敷と違い、に円という料がはっきり決められていた。額を聞いたとき、私はすぐに母へいくら送れるか計算した。
自分のために何を買えるかを先に考えなかったのは、の癖だった。
川では仕事の範囲が広かった。朝の起こしから事の支度、掃除、洗濯、客の応対まで、の空く暇がない。だが料になると、決まった額が私のに渡された。私は貨を並べて数え、違いがないか確かめた。
度の飯だけを条件にをたころとは、ずいぶん違う所へ来たのだとった。
料を初めて受け取った、私は川の奥さんに、の途で病気になったらどうなるのか尋ねた。奥さんは驚いたが、休みの取り方と、必なときは医者を呼ぶことを説してくれた。
私はその答えを帳面にいた。でをしたとき、休んでよいと言われるまで働き続けたことをいしたからだ。働く条件をっておくのは、怠けるためではない。く働くために必なのだ。
川の主はの入りがい仕事をしていた。ある、卓で弟がくへ赴任することになったと話しているのを聞いた。名は旅順。私には図のどこにあるのか分からず、を渡るということだけがに残った。
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の者は支度の品やの便を話しい、台所には普段よりくの荷物が運び込まれた。
数、主の妻が私を呼んだ。「弟ので、子どもを見てくれるが必なの。向こうへってもらえないかしら」。私は最初、聞き違いだとった。京の別の敷ならともかく、の向こうへ女としてくなど考えたこともなかったからだ。
女主は、む所と事が用されること、料が支払われることを説した。
旅順きの話を聞いたあとも、私は料の額だけで決めなかった。賃は誰がすのか、病気のときはどうするのか、故郷へをせるのか。尋ねるたびに胸がどきどきしたが、奥さんはつずつ答えてくれた。歳の私は度の飯という言葉だけでをた。
今の私は、暮らすために何を確かめなければならないか、しは分かるようになっていた。
「怖いなら、無理には言わないわ」
その言葉を聞いて、私はかえって困った。怖いのは確かだったが、断れば次に何があるのか分からない。川での仕事にはようやく慣れ、の料もありがたかった。けれどくので自分を必としていると聞くと、のどこかがいた。
私は今まで、き先を決められてきた。今度は自分で返事をしてよいのだということが、すぐには信じられなかった。
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その夜、私は帳面をき、送ったの記録を見返した。銭、銭、円。さな額を積みねてきた々が、のに並んでいた。旅順へけば、今よりくを貯められるかもしれない。だが故郷がさらにくなり、母が病気になってもすぐには帰れない。
父の葬儀ににわなかった痛みが、まだ消えていなかった。
翌朝、私は女主に尋ねた。「向こうからをせますか。へを送ることはできますか」。女主はし驚いた顔をしてから、できると答えた。私はそれを聞いて、旅順へくことを決めた。
派な決だったわけではない。くへくなら、せめて自分の働いたがに届くだけは確かめておきたかったのだ。
支度が始まると、私は着物を畳み、針と糸をさな箱に入れた。川の女主はので寒くないようにと、古い羽織を持たせてくれた。神戸の港へ向かう、私は敷の玄関でくをげた。次のがどんなところなのか、まだ何も分からない。
それでも、歳で初めて戸にったときとは違い、私は自分のでそのを選んだつもりだった。