"大正、子守奉公の少女" 第7話
の廊
の敷では、玄関を入った途端、青で覚えた作法が役にたないと分かった。こちらのでは朝の膳をす順番が違い、主のをえる所も違った。台所の鍋はよく磨かれていたが、具を置く位置は青とは逆で、私は初に度も別の棚をけてしまった。
仕事の速さを褒められて移ってきたのに、まるで何もできない娘に戻った気がした。
女主は物静かなだった。きな声で叱ることはない代わりに、私が失敗するとを止め、しばらく黙って見つめる。何を違えたのか分からずにいるが、私は苦だった。ある朝、客の瓶の位置をしずらしてしまった。
女主は「このには、このの置き方があります」とだけ言った。私は謝り、瓶を元へ戻したが、次に触れるときにはが震えた。
緒に働くの女は、仕事のにこっそり教えてくれた。「奥様は、言わなくても分かるとっているんだよ。分からなかったら、私に聞きな」。私はそののろについて、廊の曲がり角や襖のけ方まで見て覚えた。
敷ので誰に何を尋ねればよいかることも、仕事の部だった。
忙しいには、客が帰ったあとも片づけが続いた。私は膳を運び、皿を洗い、布巾を絞った。夜遅くなってからの女と茶をむと、彼女は「ここはがく続かない」
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と言った。
私はその理由を尋ねたかったが、彼女はすぐに話題を変えた。言いにくい事があるのだろうとい、それ以は聞かなかった。
のには、季節ごとに客の敷物を替える習慣があった。私は青ので教わった通りに準備したが、ここでは敷く向きも畳む順番も違った。の女は、ごとのやり方をさなにいていた。私はそのを見て、忘れるのは自分だけではないのだとった。
文字を全部読めなくても、印や絵なら自分にもける。
そこで私は、台所の棚と具の位置を簡単な絵にして帳面に残した。次の敷へ移れば使えなくなるかもしれない。それでも、どう覚えたかを忘れずにいられる。の女は帳面をのぞき、「それならしく来たにも教えられるね」と言った。
私はその言葉に驚いた。今まで教わるばかりだった私にも、誰かに渡せるものができていたのだ。
数、私は主の切な類を置く机に触れないよう注された。掃除の際、の束をかした女が叱られたことがあったという。私は斎のだけを掃き、机にはづかなかった。すると主から「そこに埃がある」と言われた。
どうすればよいのか分からずち尽くすと、主は苛った顔でを振った。そのの夕方、の女は「そういうときは、机をかしてよいか先に聞くんだよ」
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と教えてくれた。
私が覚えたのは、作法だけではなかった。によって正しいことが変わるなら、先に尋ねるしかない。尋ねても叱られることはあるが、黙って違えるよりはましだ。兄が汽の窓越しに言った「分かったふりをするな」という言葉を、私はようやく実できるようになった。
それからしばらくして、青のから私の働きぶりを聞いた別のが、を探していると連絡してきた。私は女に「まだここへ来たばかりですが」と言った。彼女は「頼まれるのは悪いことじゃない」と答えたが、私はし違う気持ちだった。
やっと覚えた具の位置やの癖を、また最初から覚え直さなければならない。望まれるのはありがたい。しかし、望まれるたびにむ所が変わるのは、私自の暮らしがいつまでも始まらないことでもあった。
発の、の女は私に古い布巾を枚持たせた。「丈夫だから、使いな」。私は礼を言い、荷物の底にしまった。しい敷で最初に取りしたのは、その布巾だった。らない台所で見覚えのあるものをにすると、胸のつかえがしりた。
のを渡り歩く私にとって、自分のものと呼べる品は、それほどなかった。