"昭和62年、国鉄最後の日に駅弁を一つ売らなかった理由" 第3話
個の内訳
、私は弁当の帳面を冊増やした。
冊はいつもの売帳。もう冊には、買ったとをくことにした。朝台は駅員とへ向かう。半は張客。昼の急がまるは、旅者がまとめて買う。夕方はがいおにぎりを選ぶ。
「いちいちいてたら、売る暇がなくなるよ」
フミさんは笑った。
「だから、暇なときに覚えてる分だけ。違っててもいいの」
週で分かったのは、個売れても、の客がいるわけではないということだった。駅の清掃を請け負う会社が週に度、個ずつ買ってくれていた。町役のが会議のに個注文することもある。そうした注文を除けば、通りがかりの客はっていたよりない。
もうつ、嫌な数字が見つかった。
売がよかったは、利益がいとは限らない。急が遅れ、夕方まで待ったは、追加のと灯油代がかかる。売り切るために値引きしたは、帳面の売だけ見れば派でも、実際には苦しい。
「母さん、原価、ちゃんと計算してる?」
誠が帳面をのぞいた。
「してるわよ。鶏肉も米も毎値段をいてる」
「じゃなくて、母さんと親父の働いたは」
「の商売に料なんて」
「そこだよ」
私は言い返しかけてやめた。フミさんと美さんにはを払う。
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私と良治は、余ったおで暮らす。余らないは貯を崩す。それを当たりだとってきた。
美さんは歳で、保育園に通う娘がいる。朝半からの仕込みには入れず、から午まで包装と片付けを担当している。しい売が朝の搬入だけになるなら、彼女の仕事はどうなるのか。
「駅の仕事がなくなったら、私、次を探さないと」
彼女は輪ゴムを数えながら言った。
「まだなくなると決まったわけじゃないよ」
フミさんがを挟んだ。
「でも、決まってから探したら遅いですから」
私はのを見た。フミさんはごぼうを同じ太さに切る。美さんは掛の端をきっちりそろえる。私がで個作れるわけではない。
美さんが働き始めたとき、娘さんはまだ歳だった。保育園の迎えににうよう、午を過ぎたら帰っていいと決めたのは私だ。それなのに繁忙期には《あとしだけ》と頼んでしまったことがある。彼女は断らなかった。断れなかったのかもしれない。私はそのの帳面に、包装作業が終わる刻をはっきりき込んだ。
そのの夕方、私は駅の反対側にある商を歩いた。昔は映画館があり、制を着た若者で混んでいた通りだ。今は半分ほどのがシャッターをろしている。代わりに国沿いには型ができ、曜には駐へが並ぶ。
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百の林さんが声をかけてきた。
「駅の売、なくなるんだって?」
「まだ相談よ」
「うちも客が減った。若いのはでまとめ買いだ。だけど、を持たないはどこで買えばいいんだろうね」
林さんは、先の菜をつ持ちげて、値札を直した。
私はそこで、息子の言うことが半分正しいと気づいた。客のいる所へかなければ、商売は続かない。
ただし、客はみんなに乗っているわけではない。
帰宅すると、誠が舗の資計画を持ってきていた。内装、蔵庫、板、敷。計は百万円を超えていた。
「りない分は借りる。母さんたちの貯から、百万円だけしてほしい」
私は計画を閉じた。
「まず、今のが何でべていけたのか調べる。それが終わるまで、判は押さない」
誠は満そうだったが、を引っ込めた。
その夜、帳面の余に私はいた。
《誰が、いつ、どこで、何をべたいのか》
弁当なのに、そんなことを初めて考えていた。