"50万円で嫁がされた私、6年後に見た父の姿" 第3話
いと見らぬ常
博の運転する古い衆は、国をひたすらへとり続けた。
窓の景は、を巻き戻すかのように変わっていった。実の周辺では梅が咲き誇り、の兆しが満ちていたというのに、県境の峠を越えて部へと分け入るにつれ、肩のの壁はぐんぐんとくなり、鉛のい空から湿ったが再びい散り始めた。
数の沈黙のドライブの果てに、は鬱蒼とした杉林に囲まれた集落の、ひときわきな古民のに滑り込んだ。
「着いたぞ。……寒かったろ」
エンジンを止めた博が、ぽつりとをいた。それが、この彼が私に向けて発した最初の言葉だった。
をりると、凍てつくようなが容赦なく頬を打った。見げるほどの茅葺き根をトタンで覆ったきな主、太い梁を持つ納、そして見渡す限りのに覆われた段々畑。周囲には商はおろか、自販売のつも見当たらない。
玄関のい引き戸がガラガラとき、から作務を着た初老の男性と、絣の割烹着を着た柄な女性が現れた。
義父の健造(けんぞう)さんと、義母のふみ子さんだった。
「旅、ご苦労さまだったな。さあさあ、がひどくならないうちにへお入り。元がえただろう」
ふみ子さんは皺の刻まれた温かいで私のを取り、へと引きげてくれた。
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そののひらは、骨ばっていて温かく、台所仕事と仕事で鍛えげられた頑丈なみを持っていた。
しかし、私のは張ったままだった。
どんなに優しげに見えても、ここはの旧だ。万円の結納を支払って買い取られた嫁として、これから待っているのは過酷な労働と、終わりのない従に決まっている。油断してはいけない。決して隙を見せてはならない。
案内された階の畳は、太い松の梁が剥きしになった、簡素だが清潔な部だった。窓をけると、を頂いた連峰がの空に向かって聳えっている。
「ここが、私の墓になるんだ……」
運び込まれた自分の荷物をに、私は畳のに正座して呟いた。、このを越えることはできない。活字を追うことも、教の黒板に向かうこともなく、季節の巡りとともに老いていき、に還るだけの。
翌朝からの活は、像を絶する厳しさだった。
起は午。まだは漆黒のの、氷のようにえ切ったにりち、かまどとガス台を併用して族分の朝を仕込む。仕事をするたびに指先の覚がなくなり、赤に変していく。
朝が終われば、何枚もの類を槽式洗濯で洗い、が吹き抜ける物干しに干す。続いて、広な敷の板のを端から端まで雑巾がけし、神棚と仏壇ののを替える。
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が解け始めたになると、さらに過酷な畑仕事が課に加わった。
義父の健造さんは言葉なに鍬を振るい、私は慣れないつきで堆肥を運び、を耕した。夫の博は林業の組に所属しており、夜けに軽トラックで林へ入ると、が暮れるまで帰ってこない。
夕方、と汗にまみれて台所に戻り、夕の膳をえ、呂を沸かし、片付けを終える頃には、夜のを回っていた。布団に入ると同に全の筋肉が軋み、を見る余裕すらなく識が途切れる。
自分のなど、分もしなかった。机に向かう隙も、本をく体力も、々の労働の激流のに完全に呑み込まれていた。
だが、そんな過酷な活ので、私は奇妙な違を覚え始めていた。
こののたちは、私がい描いていた「酷な農」とは、何かが決定に違っていたのだ。
あるの夕、極度の疲労から私が箸を止め、茶碗を持ったままうつむいていたのことだった。向かいに座っていた博が、無言で自分の鉢にあった煮物のタケノコを、私の皿のへ箸でそっと移した。
「……無理して全部わなくていい。慣れないうちは、体がついていかねえのが当たりだ」
ぶっきらぼうだが、底に温もりのある声だった。隣にいたふみ子さんも、私の顔を覗き込んで柔らかく微笑んだ。
「そうだよ、千さん。の朝の噌汁の汁引きは私がやっておくから、もうしゆっくり寝ていなさい。若いんだから、体を壊したら元も子もないよ」
義父の健造さんも、無言で湯呑みを傾けながら、く度だけ頷いていた。
実の父のように鳴り散らす者も、嫁を罵倒する者も、このにはもいなかった。彼らはただ、と共にきる厳しさをるがゆえに、共に働くに対して、静かで飾らない敬を払っていたのだ。
しかし、その優しさが、かえって私のをく締め付けた。
皆がいいだからこそ、私はこのに命を捧げなければならない。この親切な族を裏切って、自分のが儘なをいすことなど、絶対に許されない。
私は自らにそう言い聞かせ、の奥底で疼く活字への飢えを、必に押し殺し続けていた。