みかん小説
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"朝八時までのヒーロー弁当" 第1話

の向こうの

「のの弁当は、もうりません」

縁の鏡をかけた男は、そう言ってをげた。言葉遣いは丁寧だったが、声はのプレスよりもたくじられた。坂本しず子は差ししかけていた弁当を胸のに引き戻し、夫の正夫は台所の奥で卵焼きを切る包丁を止めた。午分。いつもなら、へ向かうたちの笑い声が軒先に響いている刻だった。

は業団のいちばん奥にある「ヒーロー弁当」。を挟んだ向かいには、自部品を作る栄プレス業のが建っている。正夫は歳、しず子は歳。がこの所でをいたのは、正夫が歳だったのことだ。の始業刻が変われば炊飯器のスイッチを入れる刻も変え、休勤が決まれば曜でもシャッターをげた。

その朝も午半には、夜勤を終えた若者がやって来た。正夫がきな弁当に伸ばしかけたを止め、さいほうを指すと、若者は眠そうな顔で笑った。「寝るにい過ぎるな。帰ったらちゃんと寝ろ」。正夫はそれだけ言い、しず子は温かいお茶をコップに注いだ。若者が礼を言ってると、正夫はその背が横断歩を渡り切るまで見ていた。

次に来たのは堀健だった。歳。に勤め、定も再雇用で番の班をまとめている。

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油染みのある作業着に、丁寧に撫でつけた髪。しず子が「今も気をつけて」と声をかけると、堀は「おもな」とく答えた。正夫は堀の弁当だけ卵焼きを切れ増やしたが、誰もその理由を尋ねなかった。

堀が若いころ、妻が産で入院した週、正夫は毎朝おにぎりをつ余計に包んでいた。夜勤と病院の往復で堀が何もべていないことを、顔だけで見抜いたのだ。堀は代を払おうとしたが、正夫は「まれたら教えろ」としか言わなかった。その子が成して別の町で働いている今も、のにはそんな無言のやり取りが残っている。

「親父さん、いつもの!」と声を張ったのは、入社目の川翔太だった。歳の翔太は、まだしい髪を作業に押し込みながら銭を探した。正夫は注文を聞かずに卵焼きを増やす。翔太は議にっていたが、忙しい朝に理由を聞いたことはない。先には番の社員と夜勤けの社員が入り交じり、弁当の包みが次々と渡されていった。

午を過ぎると、しず子はアルミの弁当箱をきな台に積み始めた。こちらはから注文を受けている昼分で、毎数個を事務所脇の受け渡し所へ運ぶ。使い捨てではなく洗って繰り返し使う箱には、の擦り傷がついていた。

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夕方戻った箱のを見れば、誰が煮物を残したか、誰のご飯がりなかったかまで正夫には分かった。

その台を持ちげようとして、正夫が膝にを当てた。顔をしかめたのはほんの瞬だったが、しず子は見逃さなかった。「今は私が押すよ」と言うと、正夫は「坂のところだけ気をつけろ」と答えた。からまでは横断歩を渡るだけ。それでも積みねたさが、しずつの体に残り始めていた。

そのとき堀が、の敷内に建ったい建物を顎で示した。「あれ、社員堂になるそうだ。来からだってよ」。しず子はを止めた。正夫も顔をげたが、建物をしばらく眺めただけで、また弁当箱の蓋を閉め始めた。しい建物の窓には朝が反射していた。のが見てきたの内側に、今までなかったものができようとしていた。

昼、の総務担当者が枚の封筒を持ってを訪ねてきた。いつもは笑顔で注文数を伝える青が、そのは軒先で何度もをげた。しず子が封を切ると、そこには「昼予約および構内受け渡しの終について」と印字されていた。終は今末。理由の欄には、たった、「社員堂設に伴う運用変更のため」とあった。

正夫は通を読み終えると、封筒を折らずに棚のへ置いた。

しず子は帳簿をき、毎の昼の注文数に指を滑らせた。売の半分以を占める数字が、来から度に消える。のはいつも通り閉していたが、の台所だけ、突然刻を止められたようだった。

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