"忘れたコートが教えてくれたこと" 第1話
忘れたコート
結婚式まで、あと週だった。
曜の午、私は婚約者の笠原博と緒に、彼の実を訪れていた。付きい、婚約してか。式も決まり、招待状もし終え、残っているのは細かな確認ばかりだったから、このは「結婚の最の挨拶」といういがかった。
博の母、幸子さんはいつも以に嫌がよかった。
「本当に、もう週なのね。いものだわ」
私が持ってきた焼き菓子を皿に並べながら、幸子さんは何度もそうにした。に夫をくしてから、業であるさな製造会社の経営は苦しくなったと聞いていたが、なくとも私のでは、そんなを表にすことはほとんどなかった。
しばらくすると、幸子さんは居の奥の引きしから、さな桐箱を持ってきた。
「これね、私が結婚したに使ったものなの」
蓋をけると、にはし黄ばんだいハンカチが入っていた。角に細い刺繍があり、い、切にしまわれてきたことが目でわかった。
「よかったら、式で使ってくれないかしら」
「そんな切なもの、いいんですか?」
「もう娘みたいなものだから」
その言が嬉しかった。
私には父がいない。母に育ててもらい、兄弟もいなかった。だから結婚すれば、義母や義妹まで含めて族が増えることを、どこかで楽しみにしていたのだとう。
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博も隣で穏やかに笑っていた。
私は祖母から賃貸用の区分マンションを相続している。部あるうちを貸していて、ローンもなく、毎いくらかの賃収入が入る。祖母が働いて買ったものだから、私はその収入にはなるべくをつけず、将来のために残しておくつもりだった。
その話を博にした、彼はこう言っていた。
「ゆいのものなんだから、ゆいが決めればいいよ」
私はその言葉を信じていた。
だからこそ、このなら丈夫なのだとっていた。
夜を過ぎ、私はで笠原をた。博は翌の会社関係の用事について母親と話があるらしく、し残ると言った。
「遅くまでお邪魔しました」
「またいつでもいらっしゃい。もうすぐ“帰ってくる”って言ったほうがいいのかしらね」
幸子さんに笑顔で見送られ、私は駅へ向かった。
に乗って駅。
たい空気をじ、何気なく腕をさすった瞬、私はちがった。
コートがない。
幸子さんのの子に掛けたままだった。
しかも悪いことに、財布と自宅の鍵までコートのポケットに入れていた。私は次の駅で慌ててり、博へ話をかけた。
「ごめん。コート忘れた」
「ああ、本当だ。今、母さんと奥の部にいる。玄関まだいてるから、そのまま入って持って帰っていいよ」
私は反対側のホームへった。
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分ほどにたばかりのへ戻ると、言われた通り玄関の鍵はいていた。
静かに扉をける。
「ただいま戻りま――」
声をかけようとしただった。
奥から幸子さんの声が聞こえた。
「だから、先に結婚を終わらせるのが事なのよ」
私は玄関できを止めた。
さっきまで私に「娘みたい」と笑っていたとは、まるで違う声だった。
「最初はるとうよ」
博だった。
「でもの活がかかってるのよ。お父さんが残した会社だって言えば、ゆいさんも最には断れないわ」
胸の奥に、たいものが落ちた。
私は靴を脱ぎ、音をてないよう廊をんだ。居には、私のコートが子の背に掛かっている。
そしてそのの卓には、さっきまでなかった数枚の類が広げられていた。
番のに、見覚えのある所があった。
私が祖母から相続したマンションだった。
その横には、
《追加担保候補 区分所宅》
と印字されている。
さらに別のには、今の予定らしい文字が並んでいた。
《婚姻週を目に本説》
私はしばらくを理解できなかった。
その、再び奥から幸子さんの声がした。
「結婚したなら、あのマンションだけ自分のものって言いにくいでしょう」
博がさく答えた。
「今言ったら、式を止するとか言いすかもしれないしな」
「それは困るでしょう。だからで話せばいいのよ」
私は、卓のにった。
私がいつ真実をるか。
私がいつ断ることを許されるか。
その順番まで、私のらない所で決められていた。
「……何、これ」
自分でも驚くほどい声がた。
奥の部の会話が、ぴたりと止まった。
数秒、博と幸子さんがびしてきた。
私を見たの顔から、同に血の気が引いた。