"シャッターを切らなかった日" 第19話
勝ったあとに残るもの
判決からかが過ぎると、町にはまた別の忙しさが戻ってきた。
聞には裁判のことが載り続けたが、写真館の仕事は変わらなかった。入学式の記写真を焼き、結婚式の写真を台に貼り、証写真を撮る。倉庫では、展示の説文を更する作業が始まった。
「判決がたってきすだけじゃ、りないね」
恵子から届いたを読みながら、僕は親方に言った。
「りないことを、りないままけ」
親方はく答えた。
僕たちは裁判の結果を、公表された資料に沿って記した。けれど、勝訴によってすべての被害が回復したわけではない。認定をめぐる問題も、活の困難も続いている。そのことを、展示に来るへどう伝えるかで見が分かれた。
「暗い話ばかり続けたら、誰も見なくなる」
「だからといって、勝って終わりみたいにはできない」
さんと岩崎さんが向かいった。
枝さんがに入った。
「終わらないなら、終わらないとけばいい。うちの仕事だって、今の注文を終えたら、の注文が来るもの」
その言い方に、みんながし笑った。
やがて、熊本のさな集まりから展示を借りたいという申しが来た。町ので写真を見てもらえる会だった。しかし、写真の使用許は倉庫での展示を提に取ったものがい。
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所が変われば、見に来るも、写真が使われるも変わる。
僕は台帳をき、軒ずつ訪ねた。
の聞を持ってきたが、判決の記事を声にして読んだ。途で言葉のがわからなくなると、別のが説した。志津さんは皆の話を聞き、必なところだけメモを取った。僕はやかんのそばで写真を撮りながら、法廷のにも続く仕事があることをった。昨の涙だけを撮っていたら、このは写らなかっただろう。
さんは「昔のの写真はいいよ」と言った。森田さん夫婦は「作業の写真は今回はやめてほしい」と答えた。枝さんは自分のの写真を枚だけ選び、の写真はさないと決めた。
「はしたのに、今回はさないんですか」
僕が聞くと、彼女は笑った。
「にしたから、今度もさなきゃいけないわけじゃないでしょう」
僕はうなずいた。
展示する写真はなくなった。最初は残だったが、空いた所には本たちの文章をきく貼ることにした。写真がないことを、欠けていると考えないようにした。
熊本へ送る写真は、親方がで挟み、角が折れないように布で包んだ。展示先には、説文を写真からさないこと、複写するに連絡すること、会期が終われば返送することを頼んだ。恵子の台帳を写した控えも緒に入れた。
写真が町のへるとき、撮られたのまで置きりにしないためだった。
準備の最の、さんが僕に封筒を渡した。
「京の版社から、また連絡があった。今度は写真を見せるだけじゃなく、君がどう撮ったかをいてほしいそうだ」
僕は封筒をいた。以、泣いている顔を求めた編集者からのだった。回のやり取りを反省したとかれていたが、それがどこまで本かはわからない。
「受けるのか」
さんが聞いた。
「条件を聞いてから決めます」
「厳しくなったな」
「最初に聞かなかったせいで、迷惑をかけたから」
僕は封筒を鞄に入れた。写真をへすことを怖がるだけでは、何も伝えられない。だからこそ、すときに何を守るのか、決めなければならなかった。