"シャッターを切らなかった日" 第2話
のは写らない
記者が写真館へ来たのは、の午だった。
代半ばの痩せた男で、首から台のカメラをげていた。聞社のではなく、のついた型のバイクで現れたところに、僕はし親しみを覚えた。
「瀬君だね。岸本さんから聞いたよ。若いの目で撮った俣が見たいんだ」
そう言って、さんは僕のベタ焼きを机に広げた。ベタ焼きは、フィルムのこまこまをさく並べた印画だ。どの写真も、まだ選ばれていない。
の夜景。魚箱の積まれた岸壁。へ向かう自転。駅の売で笑う女性。さんは順番に見て、の写真を脇へ寄せた。
「きれいだ。でも、これだと観案内になる」
「が写っています」
「煙突はどこの町にもある。苦しんでいるが写っていないと、記事をいてもらえないんだよ」
僕は黙った。彼の言うことには、仕事の理屈があった。聞の面には限りがあり、写真は数秒で読者の目を止めなければならない。
「ただ、顔をしたくないもいます」
「それはもちろん、考えないといけない。だけど、見てもらえなきゃ始まらない」
さんは急いでいた。僕が返事をするに、も撮にこうと約束して帰った。
夕方、僕は母の弁当売りへ寄った。残っていた鯖の煮付け弁当をつ買うと、母は代を受け取らず、袋に入れた。
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「今は港の方へったの?」
「うん。写真を撮りに」
「誰かに迷惑かけてないでしょうね」
「写真くらいで?」
母は答えず、売れ残りの札を裏返した。
母の売りには、同じの弁当を毎買うも、港から来て黙って代を置くもいた。母はどちらにも「お疲れさま」と言った。誰かのを確かめてから売るのではない。そのことを僕は、町のの聞よりもよくっているはずだった。
「写真に写っただけで、くの親戚から話が来るもいるのよ。らないは、写っているの暮らしまで勝に決めるから」
父がで働いていることを、母は先ではきな声で言わなかった。隠しているのではない。買いに来る客のには、を憎むも、の料で子を育てるもいた。どちらかを言で説することが、もう難しくなっていた。
翌、僕は沿いので吉岡恵子に会った。つの恵子は郵便局で働きながら、町の青たちと読会をいていた。学の同級の姉で、昔から僕の無茶を見抜くのがい。
「写真になったんだって?」
「まだ写真の僧だよ」
「じゃあ、写真の僧にお願い。うちの祖母を撮ってくれない?」
僕は驚いた。断られてばかりだったからだ。
恵子の祖母、さんはく魚を売っていたが、今は商売をやめていた。の軒先には、使わなくなった箱が積まれていた。
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さんは縁側に座り、古い帳面を膝に置いていた。
「昔のの写真が枚もないの。うちのがどこにあったか、孫に見せたいんだよ」
「僕の写真でいいんですか」
「今ある所を撮っといておくれ。来、そこがどうなってるかわからないから」
僕は空の箱を撮った。さんの横顔も、本に聞いてから撮った。シャッターを押すと、彼女は目を細めた。
「のは、昔と変わらないように見えるね」
その言葉を聞いて、僕はレンズ越しのを見た。写真に写る青さだけでは、で起きたことはわからない。逆に、をただ黒く撮れば本当になるわけでもない。
その夜、写真館の先に見慣れないがった。背のい国の男性と、彼に寄り添う若い女性だった。女性は本語で親方にを尋ね、男性は内の写真をじっと見ていた。
がをたとき、僕は戸まで追いかけ、港へりるを指で示した。材を運ぶのを伝おうかと振りで伝えると、はち止まり、図を広げた。僕は図に載らない細いを教えたが、どのへくのかまでは聞かなかった。写真を撮るにの話を聞くため、をかけて歩くのだろうと、その背を見送りながらった。
親方はがったあと、声をくした。
「ユージン・スミスさんと、アイリーンさんだ。
俣にんで写真を撮るらしい」
世界でられる写真が、この町で暮らす。
僕はその夜初めて、カメラが町のへ届くものなのだと、し怖くなった。