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"母との同居後、妻が倒れた――医師が私だけ呼んだ理由" 第1話

妻ではなく、私を呼んだ医師

「藤本美さんのご主ですね。し、お話ができますか」

救急処置の扉がき、の医師が私に声をかけた。朝分、妻は焦げた卵焼きを見て母と笑っていた。それからもたたないうちに救急で運ばれ、私は病院の廊で名を呼ばれている。医師のろに妻の姿はなく、私はそのことだけで膝が震えた。

「母も緒に聞いた方がいいでしょうか」と尋ねると、医師は「まずはご主に確認したいことがあります」と答えた。母の節子は子からちがりかけたが、私が首を振ると黙って座り直した。母の両は、握っているハンカチがさくなるほどく絡みっていた。

説に入ると、医師は救急搬送の検査結果を示した。肺の血管に血の塊が詰まる肺塞栓症が起きており、治療を始めているという。私は「命は助かるんですか」と繰り返したが、医師は軽々しく約束せず、今は慎に状態を見ていると説した。

「それから、画像検査で骨盤のにきな腫瘍が見つかりました。の卵巣のあたりです」

私が聞き返すに、医師は続けた。「以の婦科の記録では、経過観察を勧められています。奥様から、そのお話を聞いていましたか」。その瞬、私のに浮かんだのは、郵便受けから取りしたい封筒と、妻に向かって吐いた「ちゃんと病院にけよ」

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という言葉だった。

っていた。何もらなかったわけではない。だが、っていることと、向きうことは違う。私は妻のを聞くたびに「急にどうこうなるものじゃないんだろう」と話を終わらせ、自分が怖くならない方を選んできた。

医師の声がのき、私は子の背にを伸ばした。指先が届くにから力が抜け、たいへ座り込んでしまった。あのから始まった、母と妻と私の暮らしを、私は初めて違う角度からいしていた。

か、父は実の庭で植にをやり、昼過ぎに突然倒れた。母から連絡を受けた私は仕事を切りげて病院へ向かったが、父が私の名を呼ぶことは度となかった。あの朝に話をしていれば、もっとく様子を見にっていれば、と考えるたび、胸の奥に固いが増えていった。

父を見送ってか、母から話があった。「お呂で滑っちゃってね。骨は折れてないのよ」と、母はわざとるく話した。だが受話器の向こうの声は々しく、私は父の病で見たいシーツをいしてしまった。

「もうで暮らすのは危ない。うちへ来てよ」

母は「あなたたちの活があるでしょう」とためらった。私は話を握りしめたまま、何度も「もし何かあったら」と繰り返した。そのとき横にいた妻の美が、私の肩越しに受話器へ声をかけた。

「お義母さん、しばらくなら丈夫ですよ。部も空いていますし」

迎えにく取りを決めるため、美は母のの取りや階段の無まで確認してくれた。私はをすことだけ考えていたが、彼女は客の布団を干し、薬をしまう引きしを空け、母が夜にトイレへくときの元灯まで買っていた。帰宅して「準備がいいな」と褒めると、美は「しばらくのことだからね」とを押した。私は「そうだな」と返しながら、期を決める相談を先延ばしにした。

その「しばらく」という言葉を、私は聞いていなかった。私にはただ、父のときのような悔を度とせずに済むという堵だけがあった。そして妻が、その言葉をにするまで何を考えていたか、尋ねもしなかった。

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