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"朝霧湯、最後の暖簾" 第11話

昭の

正がけても、油の入荷は落ち着かなかった。

朝湯の板には『当分の休業』とかれたが掛かっていた。正は毎朝、ののを払った。かないを掃除するのは妙な仕事だったが、放っておけば入がに埋まってしまう。

最初の曜、正は朝湯へった。宮田は釜で額の汗を拭っていた。

「客はどうだ」

「朝湯のも来てる。ただ、軒分となるとを分ける必がある。油の配も相変わらずだ」

正は番台ので待っていたウメに会った。町の試験な送迎の相談がようやくみ、今は運送業者が協力して、利用者をまとめて運んでくれたのだという。

「まだ毎週は無理みたいだけどね。今はを歩かなくて済んだよ」

「よかった」

正が言うと、ウメはにやりと笑った。

「朝湯より脱が広いね」

「うちは狭かったからな」

「でも、朝湯にはあの古い柱計があった。私はあれを見るのが好きだった」

正は、いがけず嬉しくなった。

しかし、困りごとはすぐには消えなかった。次の週、送迎のを確保できず、ウメは度も呂にけなかった。町内会が配した利用は平の昼で、働いている由美には使いにくかった。が軒に減ったために、いているの浴も混雑した。

瀬は役の会議に正と宮田を呼んだ。

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「交通の問題と、燃料の問題を別々に扱ってはいけないと分かりました。入浴の所があっても、けなければ同じことです」

宮田は、自分のを毎けるよう求められることを警戒していた。

「うちも限界がある。働くは私と妻だけです。営業を延ばせばいいという話ではありません」

「もちろんです」と瀬。

正は自分の帳面を広げた。千絵と澄子が調べた坂の世帯覧を、個の事が広くられないよう必な項目だけにまとめ直していた。

「呂のないでも、若いとの悪い老では困り方が違います。全員を同じに運ぶのではなく、利用できる曜を分けてください」

瀬はうなずいた。

「正さん。以よりよく話してくださるようになりましたね」

「呂だったころは、客が来る理由をずつ考えたことがなかった」

正は正直に言った。

「番台で、百入ったか百入ったか、それだけ見ていたんです」

会議が終わると、瀬は町の古い宅の調査を続けることを約束した。ただし恒久な送迎制度がすぐにできるとは言えない。役には予算ももりず、燃料の事は交通事業者にも同じようにかった。

正はそれを聞いて、議と腹がたなかった。何も決まらないままっているより、できることとできないことを分けるほうがにめると分かったからだ。

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の終わり、正は朝湯の休業初めて、自分で朝湯へ客として入った。番台でを払うとき、宮田の妻はし驚いた顔をした。

「島田さん、いつもお疲れさまです」

「今は仕事じゃないから、ただの客だよ」

浴槽には、らない男がいた。正は端へ体を沈めた。壁には朝湯とは違うの絵がある。呂の底のタイルもししい。客は何も言わずに肩を並べ、ときどき気の話をした。

隣の男が言った。

「朝湯が休んでから、こっちに来るようになったんだ。坂のに聞いたけど、あそこの主は頑固だったらしいね」

正は黙っていた。男は彼が朝湯の主だとは気づいていない。

「でも、最のは寒いのにちゃんとけたってよ。商売にならなかったろうにな」

正は湯のでを組んだ。

「どうして、そううんですか」

「りいの寄りが、久しぶりに気持ちよく眠れたと言ってた。それを聞いたら、商売だけじゃないんだなとってね」

正は、なぜか涙がそうになった。褒めてほしかったわけではない。ただ、自分のしてきた仕事がの暮らしのどこかに残っていたことが、嬉しかった。

帰り際、宮田が番台から顔をした。

「また客で来たのか。うちの浴槽はどうだ」

「広いな。しかったけど」

「おのところだってかったじゃないか」

は笑った。

帰り、正は川沿いを歩いた。のはもう暮れかけている。のをが流れ、くに朝湯の煙突が見えた。あそこへ戻っても、今夜は釜にを入れる仕事はない。まだ慣れない静けさだった。

それでも、やることはある。岸に面接の返事をすること。千絵の願を郵便局へすこと。澄子と次のの支払いを確かめること。を閉めたあとも、付はずつんでいく。

方、計は待ってくれなかった。

分の支払いを理すると、を閉めてもや建物の維持費は残っていた。ボイラーを再びかすには点検と修理が必で、その費用は今の計にはすぎる。

「売ってしまうか」と正は澄子に尋ねた。

「を?」

「ああ。きな建物だ。使わないなら置いておくだけでがかかる」

澄子はすぐには答えなかった。

「急いで売らなくてもいいとう。だけど、を再するために借するのは、もうやめよう」

正はうなずいた。で帳面を作り直した。活費、千絵の学費用、の維持費、それぞれを分ける。澄子の積には、勝にをつけない。これからは、決めるに必ずで話す。

正は隣町の設備会社へ働きを尋ねた。浴の釜をく見てきた経験があるが、の設備を修理する仕事には資格や技術が必だった。

最初は備の助として働きながら、必なことを覚えるしかない。

採用を決めた岸は言った。

「島田さん。自分で呂を焚いてきたことは派ですが、それだけで何でも分かるとわれると困ります」

正はしむっとした。だが、岸は笑って続けた。

「分からないと言ってくれるなら、緒に働けます」

正も笑った。

「分からんことばかりだ。教えてくれ」

仕事の初、歳になろうとしている正は、代の作業員のろについて具を運んだ。を使ってきたわけではないが、自分ので誰かに指示されることもなかった。最初は何度も順を違えた。

夜、千絵が勉している隣で、正も設備の説を読んだ。が同じ卓で黙って机に向かう姿を見て、澄子は久しぶりに笑った。

「うちでいちばん勉しているのは、どっちかしら」

「お父さんのほうが遅いよ」と千絵。

「当たりだ。目が悪くなってるんだ」

笑い声が、狭い台所に戻った。

初め、千絵の護学の格通が届いた。

封筒をいたのは千絵自だった。正と澄子が並んで見ているで、彼女は何度も文字を読み直した。

「受かった……」

澄子が千絵を抱きしめた。正も、目元を拭いた。

「おめでとう」

千絵はびながらも、すぐに現実の話をした。奨学の続きがまだ残っている。

寮の入居も、正式な案内を待つ必がある。入学までにそろえる物もなくない。

正は娘の肩を叩いた。

「つずつ、やっていこう」

そのの夕方、朝湯へウメが訪ねてきた。湯を求めてではなかった。赤い布に包んださな包みを持っている。

「千絵ちゃんが受かったって聞いたよ。お祝いに、私が使ってた裁縫箱を持ってきた」

千絵は驚いた。

「私に?」

「しいのを買ってあげられなくてごめんね。でも、針も糸も入ってる。制のほころびくらいは、きっと自分で直せるから」

千絵は箱を両で受け取った。

「事にするね」

ウメは笑った。

「私も今度、護婦さんに会ったら、ちゃんと自分の困ってることを言うようにするよ。呂に入れないことくらい、するのが当たりだとってたから」

正は、その言葉を忘れないようにしようとった。呂を閉めても、そこに困っているがいるという事実まで消してはいけないのだ。

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