"手取り23万円の俺、旅館で妻が「お嬢様」と呼ばれた" 第4話
結の指との約束
そのから、也は結にとって「ツルのおじちゃん」になった。
に回、休の午にで顔をわせるのが習慣になった。あるは駅の回転寿司のボックス席へき、あるは彩佳が作ってくれたおにぎりを抱えて、川沿いの民公園へかけた。
季節が巡るにつれて、彩佳はしずつ自らの過を語り始めた。
の夫とは、結が歳になる直に調を経て婚したこと。結婚当初から銭覚のズレが激しく、やがて酒癖の悪さと具に当たる暴力に耐えかねて逃げしたこと。そして、実はいあいの温泉町で古い旅館を営んでいるが、父親が非常に厳格なで、婚を猛反対された末に勘当同然でをびしてきたこと。
「した旅館じゃないんです。本当に、のの古いだけの宿で……」
公園のベンチで、パックのお茶をみながら彩佳はそう呟き、それ以はを閉ざした。母親とだけはたまに公衆話から連絡を取りっているが、父親とは何も言葉を交わしていないという。
也は、それ以無理に聞きそうとはしなかった。
自らも両親をくにくし、に庭の事を根掘り葉掘り聞かれることの辛さを誰よりもっていたからだ。話したくなったに話せばいい。今、この目ので笑っている彩佳と結のを守ることだけが、也にとっての真実だった。
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の保育園の運会、也は彩佳に誘われて保護者席の片隅にった。
組のかけっこで、結はスタート直に派に転んで膝を擦りむいた。痛みに顔を歪め、粒の涙をポロポロとこぼしながらも、結はち止まることなく、最まで腕を振ってゴールまでり切った。
也は周りの目を気にするのも忘れ、フェンス越しに声で叫んでいた。
「結ちゃん! いけ! そのままれ!」
ゴールを駆け抜けた結は、母親の元ではなく、なぜか真っ直ぐに也の元へ駆けてきた。だらけの膝を指差し、しゃくりげながら見げてくる。
「痛かった……でも、最までったよ」
也はそのに膝をつき、自分のハンカチで結のを優しく拭い取った。
「見てたよ。すっごくかっこよかった。等賞よりずっとかっこよかったぞ」
結は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、誇らしげに胸を張った。そのさな温もりを抱きしめた瞬、也ので何かが音をてて決壊した。この子を守りたい。この母子を、自分の命に代えても守り抜くになりたい、と。
会って度目の、の肌寒い夜だった。
結をアパートの奥の部で寝かしつけた、台所で皿を洗う彩佳の背に、也はを決して声をかけた。
「彩佳さん。……俺たち、結婚しないか」
流し台のが止まった。
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彩佳は泡のついたゴム袋をすと、濡れたを拭くことも忘れ、ゆっくりと振り返った。その顔はく張り、唇が微かに震えていた。
「……也さん、本当に私でいいの? 私、バツイチだし、結もいる。度庭を壊してしまった女よ。也さんは初婚だし、もっと若くて軽な、普通のを選んだ方が絶対に幸せになれるわ」
「俺は、普通のなんて欲しくない」
也は座卓ので背筋を伸ばし、彩佳の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「俺はくに親父をくして、おふくろもくした。ずっとで、狭い部に帰ってもかりもついていないのが当たりだった。でも、こので分かったんだ。俺がずっと探していたのは、帰るべき所だったんだって。彩佳さんと結ちゃんがいる所に、俺は帰りたいんだ」
彩佳の目から、堰を切ったように涙が溢れした。彼女はそのに泣き崩れ、両で顔を覆った。
「つだけ……謝らなきゃいけないことがあるの」
しゃくりげながら、彩佳は消え入りそうな声で絞りした。
「の結婚のことも、実のことも……私、まだ胸の奥がつかえて、全部はうまく話せないの。いすだけで、怖くなって声が震えちゃうのよ」
「無理に話さなくていいよ」也は穏やかに笑った。「話せるが来たら、そのに聞かせてくれればいい。
俺、待つのは得なんだ。毎千円ずつ貯めるのと同じくらい、何だって待てるから」
彩佳は涙に濡れた顔をげ、さく吹きして笑った。
次の曜、也は結ときりで向きった。
彩佳が台所で夕の準備をしている、居の畳ので、也は正座して歳の結と線をわせた。
「結ちゃん。おじちゃん、お母さんと結ちゃんと、で緒に暮らしたいんだ。お父さんになっても、いいかな?」
結はすぐには答えなかった。さな掌のに、あのファミレスで也が折ってやった、ピンクの折り鶴を羽握りしめていた。羽のうち、壊れずに残っていた最の羽だった。
結はじっと鶴を見つめ、それから顔をげて也の目を見た。
「……うん。でも、お母さんを泣かせないでね」
その言に、也の胸は激しく締め付けられた。
歳の子供に、これほどい言葉を言わせてしまう過が、この母子にはあったのだ。の父親が母親を鳴り散らし、泣かせていた景を、この子はさな胸の奥に鮮に刻み込んできたのだ。
也はの指を差しした。
「約束する。絶対に泣かせない」
「ぜったい?」
「ああ、男と男の……いや、結とお父さんの、絶対の約束だ」
結のたいさな指が、也の太い指にしっかりと絡みついた。
台所の奥で、包丁の音がピタリと止まり、をすする音が響いた。
振り返ると、彩佳がまな板に背を向けたまま、肩を刻みに震わせていた。
「おいおい、約束したそばから泣かせちゃったじゃないか」
也がおどけて言うと、彩佳は濡れたでエプロンを拭い、泣きながら満面の笑みを浮かべた。
の末、也の誕にわせて、は役所に婚姻届を提した。同に、結との特別養子縁組の類も受理された。窓の職員から「おめでとうございます」と渡された受理証を見つめながら、也は胸の奥がくなるのを覚えた。
結婚式は挙げなかった。互いに貯はなく、彩佳自も「式なんていらない」と頑なに辞退したからだ。
その代わり、の最初の曜、で所の運公園へかけた。
芝の広にビニールシートを敷き、彩佳が作った唐揚げとおにぎりを頬張る。通りがかりの老夫婦にをげ、使い捨てカメラのシャッターを押してもらった。
真んで結が両で誇らしげにピースサインを作り、側にしはにかんだ彩佳、側には緊張で顔を張らせた也。
現像したその写真を枚焼き増しし、枚は也の革財布の透ポケットへ収められた。もう枚は、彩佳が実の両親へ宛てたに同封された。也も便箋の端に、慣れない万で添えた。
『彩佳さんと結さんと族になりました、也と申します。
を命懸けで切にします。いつかご挨拶に伺わせてください』
そのに対する返信は、どれほど待っても届かなかった。