"車椅子の妻を離島に置き去り――船上の夫が見たもの" 第19話
婚届ので
婚の協議は、っていたよりがかかった。夫は当初、私が賠償を独占していると主張し、財産分与の話しいにそのを含めようとした。枝先は賠償の内訳と性質を理し、私の体の損害や将来の活に関わる部分を含めて、法にどう扱うかを説した。すべてのを単純に半分にできるわけではない。私は資料をつずつ読み、自分の希望を伝えた。
共同座から岡企画へ流れた百万円についても話しった。夫は最初「活のために使った」と主張したが、事業の資に充てた記録が残っていた。最終に、夫婦の共財産を清算するでその支を考慮し、夫が私へ定額を分割で支払うことでした。私は額のだけでなく、勝に使った事実を曖昧にしないことをした。
んでいた賃貸宅の契約も理した。夫はそのままみ続けることを希望し、私は退する。敷や財の扱いを決め、私の医療用具と仕事の資料はすべて引き取った。玄関の段差をなくした改修費用の領収も戻ってきた。私はそのを見て、啓介が「俺が全部払った」と鳴っていたのことをいした。けれどもう、言い返す相はいない。
ある、枝先が婚に関する最終案を見せてくれた。私は子ので、最初から最まで目を通した。
広告
財産関係、今の連絡方法、荷物の扱い。難しい言葉は先に尋ね、分からないまま署名しないようにした。夫が私の署名を真似た類を作っていたからこそ、自分で署名することのみをじた。
「本当に、これでよろしいですか」。枝先が尋ねた。私は頷いた。「はい。私はもう、夫の嫌を見て決めたくありません」。署名欄へペンを置くと、指先がし震えた。事故の、類に名をくことさえ面倒になったがあった。けれど今は、自分のでこれからの活を決めるためにく。
婚の続きがむ方、夫の刑事の責任については別に調べが続いていた。警察は必な捜査を終え、関係資料を検察へ送ったと説した。どのような判断になるかはまだ分からない。私はそのらせを聞き、静かに受け止めた。夫の処分が私のの結末を決めるわけではない。私が島から戻ったから、すでに別のは始まっている。
夫から最に届いたには、昔のいがくかれていた。結婚式のこと、初めて旅した辺の町、私が病院で目を覚ましたのこと。「あのころは本当におを守りたかった」とかれている。私はそこだけは、嘘ではないとった。は最初から悪だけでできているわけではない。けれど過の優しさが、今の為を消してくれるわけでもない。
広告
の最に「もう度やり直せないか」とあった。私は返事をかなかった。代わりに、をほかの記録と緒に封筒へ入れた。切ないを捨てる必はないが、いのために危険な所へ戻る必もない。私は自分の選択を、もう誰かに説して許してもらおうとはわなかった。
数週、双方の署名した類がい、婚届が受理された。枝先から連絡を受けたとき、私はちょうど居の鍵を受け取るところだった。結婚してを過ごした名字は、必な続きを経て旧姓に戻すことにした。戸籍のが変わっても、過のが消えるわけではない。それでも私は、これからの類に自分ので名をくことができる。
しい部へ引っ越すは、のよくれた曜だった。姉が伝いに来てくれ、具の配置を緒に考えた。窓辺にはいの鉢植えを置き、台所には子のさにわせた作業台を入れた。部は広くないが、玄関から窓まで自分の力で移できる。私は子の輪をゆっくり回し、何も遮るもののないをんだ。
夜、引っ越しの荷物を片づけていると、昔の旅写真が枚てきた。辺で笑う啓介と、隣につ私。私はその写真を見て、しだけ胸が痛んだ。それでも破らず、アルバムへ戻した。
あのころの自分を否定したくはなかった。ただ、これからの自分をあの写真のへ閉じ込めるつもりもなかった。