"車椅子の妻を離島に置き去り――船上の夫が見たもの" 第6話
子のの備え
港へ向かうので、私は何度も「へ戻して」と頼んだ。啓介は運転席から「せっかく来たんだから景を見れば気が変わる」と繰り返すだけだった。助席のには私の鞄が押し込まれ、話も財布も夫の元にある。沿いのコンビニで止まってほしいと言っても、啓介は速をりなかった。
「姉が迎えに来るの。待っているはずよ」
「子さんには、でかけるって連絡しておいた」。夫はそう答え、私の顔を見なかった。私はその言葉を信じなかった。姉は私の最のメッセージを読んでいる。朝に迎えに来る約束もした。きっと連絡が取れないことに気づくはずだ。ただ、今の私がそれを確かめる段はなかった。
私がまだ静でいられたのには理由がある。、病院で旅の相談をしたあと、姉は私にさな通信端末を渡してくれていた。アウトドア用品で購入し、緊急通報サービスの登録を済ませたものだ。携帯の波が届かない所でも、空がけていれば救助請を送れる。ただし接続にはがかかることもあり、必ずそので助けが来るわけではない。
川さんと相談員は、端末を使う順を私と緒に確かめてくれた。姉の連絡先と、緊急に伝えるべき病状を登録する。装具を装着した状態での全なちがり方も確認した。
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川さんは「港に着いたら、まず職員のいる所を確認してください。危険ならとうとせず、子のまま救助を待つこと」と繰り返した。
端末は子の座面に固定したさな収納袋に入れてある。私はその袋に、折り畳み式の杖と予備の装具も入れた。装具はいつも病院で使っているものと同じ型で、首と膝を支える。旅に持っていくことを夫に言わなかったのは、啓介がリハビリのみ具に関を示さず、装具を見れば「そんなもの邪魔だ」と置いていくと分かっていたからだ。
本当は、この備えを使うなど来てほしくなかった。夫に突然連れされた今も、島へ着いたら港のに相談し、そのまま帰る方法を探そうと考えていた。危険をじた点で助けを求めることは、夫を裏切ることではない。自分を守るための当たりのなのだと、私は病院で教わった。
港の駐へ着くと、啓介は私の話を自分の着へ入れたまま子をろした。乗の職員が「お帰りの便も子でご利用ですか」と尋ねた瞬、私は顔をげた。啓介は髪を入れず「帰りは別の配をしています」と答えた。職員は議そうにしたが、ろの乗客の対応に呼ばれてそのをれた。
私は啓介に「別の配って何」と聞いた。夫は「島で説する」
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と言うだけだった。乗名簿に私の名をき込む職員の胸には「川」という名札があった。私はそのの顔を覚えておこうとった。今ここで助けを求めればいいと分かっていたが、夫が子の取っを握る力がく、声をすと何をされるか怖かった。に乗ってしまえば逃げはさらになくなる。そのことも理解していた。
客へ入る、私は川さんにできるだけ普通の声で「島の港には職員さんがいますか」と尋ねた。川さんは「今は島田さんが夕方までいます。待所の奥が事務所です」と教えてくれた。啓介は「観に来ただけですから」と会話を切りげたが、私は名と所をに刻んだ。
が岸をれたころ、私の膝に夫が観案内を広げた。そこには、港からくれた展望台へ続く細いが赤線でなぞられている。私は「港のくで休みたい」と言った。啓介はを見たまま、「俺が押すんだから黙っていればいい」と答えた。
そのとき私は、旅が終わったら話しおうなどと考えるのをやめた。必なのは仲直りの言葉ではない。まず無事に、夫のの届かない所へ戻ることだった。