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"昭和46年、三日で逃げ帰った兄と消された就職記録" 第11話

母がけられなかった戸

駅の記展示が終わる、私は兄を誘った。「平田さんたちも来るんだって。兄ちゃんも、もしよかったら」。兄は最初断った。「もういい。俺の名なんてさなくていい」。私は無理には誘わず、「写真を見たいだけでも、いつでも来て」と伝えた。

その夜、母から話があった。「正男のところへこうとうんだ」。私は息を止めた。母は続けた。「でく。あの子に謝るのを、おに代わってもらうわけにはいかない」。

翌朝、母はさな提げを持ってをた。千がで兄ののくまで送り、そこから母だけが坂をったという。私はで母から話を聞いた。母が戸を叩くと、兄は作業のままてきた。「……母ちゃん」。はそこでいあいだ、向きっていた。

母は言った。「正男。あのとき、を燃やして悪かった。おの話を聞かずに、から追いして悪かった」。兄はすぐに答えなかった。母は提げから、古い計簿と封筒をした。「母ちゃんは、これをずっと隠していた。丹羽さんに払ったを、正男のせいだとってた」。

兄は母のを見た。「分かってたよ。丹羽が請求にったことも」。

「ってたのかい」

「あのがそう言って脅したからな。だから、材で働き始めてを持っていった」

母は泣きした。「私は、そのさえ受け取らなかった」

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。

「覚えてる」

「おが帰ってきたとき、本当は顔の傷に気づいていた。それなのに、何も聞かなかった。母親失格だったよ」

兄はしばらく黙っていた。「母ちゃん。今、何を言えばいいか分からない」。

「いいんだ。許してくれなくても。今は謝りに来ただけだから」

母は、に持ってきた煮物をそうとした。兄は首を振った。「べ物はいらない。俺は今、困ってない」。母は提げを閉じ、をげた。それから歩がった。帰ろうとしたとき、兄が言った。

「母ちゃん、帰りのは急だから、元に気をつけろよ」

母は振り向いて、何度も頷いた。それ以の言葉はなかった。ぶりの親子の会話は、それだけだった。

母は帰宅すると、台所で、兄に持っていった煮物を皿へ移していた。私は声をかけずに隣へ座った。「べてくれなかったよ」と母が言った。私は「うん」と答えた。母はしばらく箸をかさず、やがて自分でべた。「正男の好きだったなんだけどね」。その言葉に私の胸も詰まった。それでも私は、「だからべてもらうべきだった」とは言わなかった。兄には受け取らない自由がある。、兄が話そうとしたとき、母はその自由さえ与えなかった。

「次は、何か持っていかずにけばいいんじゃない」と千が言った。母は頷いた。「顔を見て、元気かと聞くだけでいいのかもしれないね」

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。母は初めて、何かをして許してもらおうとするのではなく、相が何を望むか考え始めていた。私はそれを、遅すぎるとはわなかった。けれど、遅かったことまで忘れてはいけないともった。

そのの夕方、千と私は母ので片づけをしていた。押し入れの奥から、父がきていたころの族写真がてきた。兄はまだ歳で、私の背丈にわせてしかがんでいた。千は「私がまれるの写真だ」と言って笑った。母は写真を膝に置き、しばらく見つめていた。

「正男は昔から、泣くところを見せない子だった」と母が言った。「父親がくなったときも、『俺が働くから丈夫』と繰り返してね。私はそれを、頼もしいとってしまった」。母は写真のの兄を指でなぞった。「の子に、族の暮らしまで背負わせた。京から戻ったとき、あの子も助けてほしかったんだろうに」。

私は写真を見ていた。兄がかられたあと、私は母を慰めようとして兄の話を避けた。やがてになり、結婚して、別の町へ移った。それを責めるはいないかもしれない。でも、らないことをらないままにした自分がいたのも確かだった。

千が静かに言った。「正男兄ちゃんのこと、私の子には逃げただって話してしまった。今度会ったら、ちゃんと話し直す」。母は頷いた。

「私も、のに聞かれたら、逃げ帰ったなんて言わない」。

その夜、私は千の子どもに見せるため、駅の写真の写しを枚用した。兄の顔のに、詳しい説は付けなかった。ただ『昭、歳の正男。仲とともに京したの写真』といた。まずのとして見てもらいたかった。誰かが付けた悪い呼び名より先に、その子の希望をってほしかった。

私はで兄に話した。「母ちゃん、ったんだね」。兄は「ああ」と答えた。私は聞いた。「どうだった?」。兄はし笑った。「歳を取ったな。俺もそうだろうけど」。それから言った。「すぐ緒に飯をえるかは分からん。でも、来るなとは言わなかった」。

私たちはそれで分だとった。をかけて傷ついたものは、をかけてしか変わらない。母の謝罪は始まりであって、を消す魔法ではない。

数、平田さんとさん、柴田さんがノ瀬駅に集まった。とも、写真のではだった。今は髪がくなり、の甲には仕事の傷が残っている。平田さんは杖をつき、さんがその歩幅にわせた。柴田さんが言った。「正男が来ていないなら、今度はこちらから会いにこうか」。

私は兄の気持ちを考え、まず話してみた。兄は迷ったあと、「夕方ならにいる」と答えた。が訪ねると、兄は畑から戻ってきたところだった。

最初にをいたのは平田さんだった。

「正男、あのときはありがとう」

兄は困ったように笑った。「何だよ、急に」

「俺、を怪してから、ずっとあのを考えてた。おがいてくれなかったら、病院へけたか分からなかった」

兄はうつむいた。「もっとく連れていければよかった」。

「もう、その話はやめよう。おがでできることは、全部やったよ」

平田さんの言葉に、兄は黙った。さんが続けた。「俺は怖くて、正男みたいにけなかった。あれからずっと、あいつは逃げたって話を聞くたび嫌だった。でも、自分から言いにく勇気もなかった」。

兄はを台所へ招き、お茶を入れた。私は縁側から、その姿を見ていた。の声は初めぎこちなかったが、やがて学の先の話や、野駅で初めて見た波の話に変わった。誰かが笑い、別の誰かが「あのころは腹が減っていたな」と言った。

別れ際、柴田さんが兄に古い写真を渡した。陽精器の寄宿舎で入社かに撮ったの写真だった。写っていないの分まで、裏に名をいてある。「おがあそこへ来なかったのは、おのせいじゃない。これ、持っていてくれ」。兄は写真を両で受け取った。

その夜、私は母がさなかった封筒を兄に返しにった。「けるかどうかは兄ちゃんが決めて」

。兄は封筒を見つめた。「美枝、読んでないよな」。私は首を振った。「兄ちゃん宛てだもの」。兄は頷き、机の引きしにしまった。

「俺、いつか読むかもしれない。でも今じゃなくていい」

その言葉を聞いて、私はしした。兄には、今すぐ答えをさずにいられる自由がある。若いころ、誰にも与えられなかった自由だった。

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