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"昭和46年、三日で逃げ帰った兄と消された就職記録" 第8話

届かなかった最初の料

老は名刺を差しした。『岩瀬 元印刷会世話』。昭、京のさな労働相談窓で若者たちの相談を受けていただという。歳になった今は、野にむ娘のへ移っていた。駅の展示を聞のさな案内欄でり、訪ねてきたのだった。

「正男君は話をかけてきた。最初の言葉を覚えているよ。『俺だけじゃない。まだ来るんです』とな」

私は岩瀬さんをくの会議へ案内した。彼は古い封筒から、当の相談控えをした。保管していたのは事件記録の原本ではなく、自分ができ写した帳だと断った。私はその違いも帳へ記した。

昭、歳のから話。紹介先と実際の就業先が違う。負傷した同僚ができない。次週、同じから数名が来る予定。

「話で話したあと、定所にも連絡した。すぐにできることから始めたんだ。平田君の診療に同したも、覚えているかもしれん」

「兄は、どうやって話をかけたんでしょう」

「夜けに寄宿舎をて、公衆話まで歩いたと言っていたよ。財布には、銭がほとんどなかったらしい」

私は兄の擦り切れた靴をいした。京からへ戻るまでに何をしたのか、聞きたかった。岩瀬さんは言った。「正男君は、親にられたら族まで借を負うと言っていた。

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それでも帰らなければ、次の子まで同じ目に遭うと」。

岩瀬さんが私へ見せたのは、帳の別のページだった。『賃支払 保護者送扱い』。援会がたちの初分の賃をまとめて受け取り、旅費や寮費を差し引いた残額を庭に送る、という説がかれていた。ところがさんや平田さんのには、そんな送は届いていない。

「この仕組みなら、賃を払う側と受け取る側のに、もう入れる」

「丹羽さんですか」

「当、そう疑った。ただ、どこまで会社が承していたかは確認できなかった。だから私は断定しなかった」

私は頷いた。調べるほど腹がつが、りだけで結論を決めてはいけない。兄がに伝えようとしたのは、い込みではなく、確かめられる事実だったはずだ。

岩瀬さんはもう枚、古い案内の複写を差しした。学に配られたものと同じ『陽精器株式会社 男子員募集』。そこには、与、勤務、寮費の目が具体にかれている。方、川鉄のには与額が空で、賃の支払方法だけ『紹介元括管理』とある。私が母の燃え残りで見た『千百』も、そのの寝具預り欄に記されていた。

「この種類のを、正男君が持ってきたんだ」

「兄は、全部分かっていたんですね」

「いや、歳の子に全部分かるわけがない。

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おかしいとい、聞いて、比べて、にらせようとした。それが事なんだよ」

私はその言葉を繰り返した。兄は特別な英雄ではなかった。友達が怪をし、約束が違い、怖くなった。それでも、次の子を乗せないために戻ったのだ。

岩瀬さんは、相談を受けた当の自分にも悔いがあると言った。「話をくれたに、どこまでできるか分からないことを正直に伝えた。結果として平田君を病院へつなぐことはできたが、紹介を受けた全員の賃まで追えなかった」。相談所には似たような話が次々に届き、若い働きは自分の労働条件を証するさえ持っていないことがかったという。「正男君は話を切るに『もう度、連絡してもいいですか』と聞いた。その声が忘れられない」。

私は彼の帳を写真に撮るに、掲載してよい範囲を尋ねた。岩瀬さんは「個の怪の細かいことはすな。やったことと分かったことを記せ」と言った。その慎さが、私にはありがたかった。自分のりをしれた所から見られるが、必だった。

ところが調査は、わぬところで止まった。岩瀬さんが持参した相談控えと照らすと、学の資料には末に追加された『本希望による勤務先変更』というき込みがある。その作成者として記されているのは先だった。

私はさんへ話したが、奥さんから「主は具が悪いので会えません」と言われた。

その夜、千かららせがあった。「丹羽さんの息子さんが、お母さんのところへ来たって」。私はすぐ母のへった。

母は居に座り、膝に古い通帳を置いていた。弘は、展示をやめるよう頼みに来たという。「くなった父の名を汚さないでほしい。昔の借まで蒸し返されると、かえって困るのは岸田だ」と言われたそうだ。

私はりをこらえて尋ねた。「通帳、どうしたの」

母はいつきでいた。昭からまでの引きしと、同じの額がかれた計簿。母が援会へ払っただった。だが末の欄に、見たことのないがある。

『正男より千円 受取らず』。

「兄ちゃんが、おを?」

母は頷いた。「材で働き始めて、初めての料から持ってきた。私が『京から逃げたなんかいらない』と言って、戸を閉めたんだよ」

千がを押さえた。私も言葉がなかった。

母は涙を流しながら続けた。「あの子は毎払わされているとっていたんだろうね。そのあと、兄の会社の社さんが『正男から預かった』と言って、米を届けてくれたことがある。それまで断ってしまった」

私たちはいあいだ沈黙した。誰もらないとっていた族の暮らしを、兄だけはくから見ていた。

翌朝、私は兄を訪ねるに、岩瀬さんへ話した。「相談控えに、もうつ確かめたいことがあります」。あの類に『本希望』ときしたのは誰なのか。問いを告げると岩瀬さんは言った。

「そのことなら、正男君から届いたにいてあった。彼は勤務先を変えてほしいなんて、度も頼んでいないとな」

さらに彼は付け加えた。「だが類には、正男君の署名があったそうだ。本の字と違うのに」。

私は息を呑んだ。の偽りは、就職先だけではない。兄が自分から逃げたという話まで、類ので作られていたのだ。

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