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"昭和46年、三日で逃げ帰った兄と消された就職記録" 第2話

写真から消えた

写真を調べる仕事は、ったより骨が折れた。昭のノ瀬駅は、に数本しか列がまらない駅だった。旅つたちは駅の写真館で撮され、卒業式にも就職列にも、じゅうのが見送りに集まった。ところが、そのの写真の説には自然な空があった。

のうちは、京の陽精器に採用されたとある。残るについては『同系列へ配属』とだけ記されていた。そのが、写真の裏でき先をき換えられたたちだった。

私は役に残る就職記録を探した。昭の報には『若者名、首都圏へ就職』という記事がある。陽精器の名まで載っているのに、が移ったという川鉄の記載はなかった。学の卒業者名簿を見ても、欄は全員『陽精器』で統されていた。

資料を並べているところへ、古くからの駅員だった佐伯さんが訪ねてきた。退職も駅の植の世話をしている、過ぎのだ。写真を見せると、指で兄の顔を示した。「正男君か。あの子はよく覚えている。きも帰りも、俺が切符を確かめたからな」。

「帰ってきたとき、兄は何か言いましたか」

「言も。朝番でりてきて、改札をるに俺に聞いた。『来週の就職列、何にますか』とな」

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私は驚いた。「自分が戻ってきたばかりなのに、次の列を?」

「ああ。何度も刻表を見ていた。俺は、今度こそ友達を見送りたいのかとったよ」

私は帳にき取った。兄は帰宅したその朝から、次に京へく徒たちを気にしていたのだ。

次に、陽精器へ問いわせた。社名が変わっているかもしれないとったが、幸い会社は続していた。総務の女性は古い事台帳の所を調べてくれた。数、話が来た。「昭採用の名簿は残っています。ただ、ノ瀬学の方は名だけです」。

私は受話器を持ったまま、名をずつ読みげた。「平田隆さんは? 修さんは? 田信さんは?」

「そのお方のお名はありません。採用内定の類にも、当社が発した記録は見つかりませんでした」

「でも、学の資料ではとも御社へ就職したことになっています」

「当の事までは分かりませんが、なくとも正式な入社記録は名です」

受話器を置くと、指先がたかった。

私は話の、担当者の氏名、説の点を記録した。記憶だけでを問い詰めることに、もう用くなっていた。駅の資料へ戻ると、別の封筒から分の『就職希望票』がてきた。そこには、どのにも似たようながかれていた。『械を覚えたい』『自分のでを建てたい』『母に楽をさせたい』。

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平田さんの欄には『夜学へ通い、いつか設計の仕事をしたい』とある。私は、その文字をしばらく眺めた。会社名が違っていたことは、単なる事務の違いではない。あの子たちは、らない所で未来を選ぶ会そのものを奪われたのだ。

夜、千に話すると、彼女は最初「昔のことを今さら」と言った。けれど、の入社記録がないと聞くと黙った。「兄ちゃんの話、私、ずっと誰にもしてこなかった。友達に聞かれても、っ子だって言ったことがある」。私は受話器の向こうで妹がをすするのを聞いた。兄のは、兄だけでなく、残された私たちのにもを落としていた。兄が母に言った言葉が蘇った。『そこに入ってない奴がいるんだ』。彼は仕事がわなかったのではない。誰かが、き先をすり替えられたのを見ていたのだ。

私は、京に残っていた同級の、柴田健を探した。陽精器に入社して定がい今も働いているという。話の向こうで柴田さんは最初、るく話してくれた。「正男の妹さんか。あいつ、は速かったな」。ところが、写真にあるの名をした瞬、声がくなった。

「そのは、最初から俺たちと別だったんだ」

「どういうことですか」

「野へ着いたら、背広の男が迎えに来た。は丹羽さんの息子さんだった。

は会社のに乗せられ、あとのは古いトラックに乗せられた」

「兄は?」

「正男は俺たちのに乗るはずだった。でも、平田と同じ方へくと言って聞かなかった」

私はわず聞き返した。「自分から?」

「平田が乗り物に酔ってけなくなったんだ。正男が付き添ったんだよ。俺は、で流するとっていた」

柴田さんはためらいながら続けた。「、丹羽さんの息子から『正男はから逃げた。あとのは別の仕事が決まった』と聞いた。そのあと、平田からもからもが来なくなった」

私は「平田さんたちの所をりませんか」と頼んだ。柴田さんは「古い賀状を探してみる」と約束してくれた。

その夜、母のへった。母の静は歳になっていた。腰が曲がり、台所の子に座って野菜を刻むことが増えた。妹の千がくにみ、買い物を伝っている。私は写真を見せた。「兄ちゃんが京へったときのものだよ」。

母は瞬だけ目を輝かせたが、すぐに写真を伏せた。「そんな古いこと、何になる」。

「兄ちゃん、嘘をついてなかったかもしれない。就職したはずのに、の名がないの」

「よしなさい」

「目に戻ってきた理由を、ちゃんと聞かなかったんでしょう」

母は包丁を置いた。「聞いたよ。言い訳ばかりだった」。

「類を燃やして、どうやって確かめられたの」

母の顔から血の気が引いた。「……お、そののことを覚えているのかい」

私は頷いた。母は写真を裏返し、消された名を見た。そして、ひどくさな声で言った。

「正男が帰るの、丹羽さんがここに来たんだよ」

私は子を引いた。「兄ちゃんが帰るに?」

「そう。あのは言った。『正男が帰ってきても、持っているをに見せてはならない』って」

母はそこまで話すと、を閉じた。窓のでが戸を揺らした。兄が自分のでへ戻るに、のはもう、彼の言葉を封じようとしていたのだ。

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