"昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録" 第7話
父を裏切った内
「そのに乗っていたのは、坂信夫さんです」
森岡さんが差しした帳には、そうかれていた。
坂信夫。
母の兄、私の伯父だった。
私は幼いころ、信夫伯父さんに何度も遊んでもらった。正には干し柿を持ってきて、父と将を指していた。
父が失踪してから、伯父はほとんどに来なくなった。
昭の、仕事の都で京へ移ったと聞かされた。そのも賀状だけは届いたが、私が学になるころには、それも途絶えた。
「伯父さんが、父を連れていったんですか」
「僕が見たのは、の助席からりてきた坂さんです。杉原さんを部座席へ移すとき、伝っていました」
「なぜ今まで黙っていたんですか」
森岡さんは目を伏せた。
「坂さんは当、稲葉建の経理をしていました。駅から、会社の仕事だと説されていたんです」
「父は怪をしていたんですよね」
「はい。自分では歩けませんでした」
私は帳を読み直した。
昭、午分。
『杉原、黒いへ。坂同乗。先』
そのに、鉛でき加えられた文字がある。
『病院ではないらしい』
「森岡さんは、病院へかないとっていたんですね」
「そのでは分かりませんでした。ただ、がへ向かったんです。町診療所も県病院も側でしたから」
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「それで?」
「翌、駅に尋ねました。すると『杉原はもうここにはいない。あれは見違いだったことにしろ』と言われました」
私は窓のを見た。
駅のホーム跡には、黄くなり始めたが伸びていた。
「私は子どものころ、父が帰ってくるかもしれないとって、毎あのホームを見ていました」
森岡さんは黙っていた。
「伯父さんは、父をに乗せた。それなのに、度も私たちに教えなかったんですね」
「坂さんにも事があったんだといます」
「事があれば、も黙っていていいんですか」
声を荒らげたつもりはなかった。
けれど森岡さんは、肩をさくすくめた。
私はそのまま駅をた。
へ戻ると、母が古い所録を探してくれた。
「信夫兄さんなら、京の川にいるはずよ」
母は所録のページをいた。
古い万の文字で『坂信夫 川』と記されている。
「お母さんは、伯父さんに父のことを聞かなかったの?」
「何度も聞いたわ。でも兄は、稲葉さんから聞いた話しからないと言ったの」
母はしばらく考え、続けた。
「失踪の翌、兄さんがに来たことがあったの。私が修を探しにくと言ったら、やめておけと言われた」
「どうして?」
「『美緒まで巻き込まれる』って」
私は母を見た。
「そんなことを言われて、変だとわなかった?」
「ったわ。でも当は、何が本当か分からなかった。
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あなたを連れて、見らぬまで探しにくおもなかった」
母は所録を私に渡した。
「兄さんが何かっているなら、今度こそ全部話してもらって」
私はそののうちに話をかけた。
最初にたのは伯父の妻だった。
事を説すると、受話器の向こうで物音がした。
しばらくして、老いた男の声が聞こえた。
「美緒か」
「伯父さん。父のことで聞きたいことがあります」
「もう終わったことだろう」
「終わっていません。父はまだ方です」
伯父は黙り込んだ。
私は続けた。
「昭の午分、伯父さんは父をに乗せましたね」
い沈黙があった。
やがて、かすれた声が聞こえた。
「誰から聞いた」
「当の記録が残っています」
「……そうか」
伯父は何度か咳払いをした。
「美緒、度こちらへ来なさい。話では話せない」
翌、私は川へ向かった。
伯父はさな戸建てにんでいた。
玄関にてきた姿は、私のっているとは別のようだった。
背が曲がり、頬がこけている。
けれど、眉の形だけは昔のままだった。
居の棚には、昭代の族写真が飾られていた。
父と母、幼い私、伯父夫婦。
写真のでは、誰もが笑っている。
伯父はその写真を見て、ぽつりと言った。
「修には、本当にすまないことをした」
私は黙って座った。
「当、私は稲葉建で経理をしていた。
号の補修事の伝票も、私が処理していたんだ」
「事はきちんとわれていなかったんでしょう」
伯父はうなずいた。
「予定していた補事の部が省かれた。社は、次の事でまとめて直せばいいと言っていた」
「そのにも列はっていたんですよ」
「分かっている」
伯父は両を膝ので握った。
「だが、私は何も言えなかった。会社を辞めれば、族を養えなくなるとっていた」
私は、森岡さんから預かった受領の複写を見せた。
万千百円。
「このおも、伯父さんが処理したんですか」
伯父は鏡をかけ、しばらくを見つめた。
「これは……」
彼はちがり、押し入れから古い帳簿を持ってきた。
表には『昭度 貨物運送関係』とある。
をくと、の欄に同じ額があった。
『臨貨物号 運取消に伴う返戻』
受領者の欄には、稲葉源の名と印鑑がある。
私はわずを乗りした。
「駅が返を受け取っていたんですか」
「正確には、駅が取り消しを認め、会社が返を受けたんだ。私が会社側の受領をいた」
「それなら、父が盗んだおなんて最初からなかったんですね」
「なくとも、この万千百円についてはそうだ」
伯父は帳簿の別のページをいた。
そこには、稲葉建から駅個へ支払われたの記録があった。
『臨運転調費 万千百円』
私は目を疑った。
「同じ額……」
伯父は説した。
「正式には止された貨物列を、事用の臨列としてらせることになった。その配を稲葉駅が引き受けた。返ってきた料と同額を、会社の別の帳簿で処理していたんだ」
「それが、父の盗んだになった?」
「そうだ。現納簿の取り消し処理が消され、だけがしたことにされた」
私は帳簿を閉じた。
、父は万千百円を盗んだ男として扱われた。
けれど、そのは父が持ちしたものではなかった。
伯父は私のにをげた。
「私は帳簿を持っていた。それなのに、ずっと黙っていた」
「なぜですか」
「自分も正な処理に関わっていたからだ」
私はすぐには許すと言えなかった。
許さなくてもよいのだとった。
ただ、今は証拠が必だった。
「この帳簿を預からせてください」
伯父はうなずいた。
「持っていきなさい。今度こそ役にててほしい」
私は帳簿を借り、なページを複写した。
帰宅、以から相談していた弁護士に見せ、資料の保全方法と聞社への説について助言を受けた。
そして、松本の方に勤める記者、岸本裕子さんに連絡した。
岸本さんは、私の説を聞いてすぐには記事にしなかった。
駅の帳簿、会社の記録、森岡さんの証言をつずつ照した。
、方に記事が掲載された。
『昭の駅員失踪事件 現の記録に疑問』
記事には、万千百円が正式に取り消された貨物料だった能性と、別の帳簿に返記録が残っていることがかれていた。
翌、稲葉建設は聞社に抗議した。
しかし、岸本さんは原資料の確認を求める質問状を送り、記事を取りげなかった。
町役も、旧駅の解体を延期すると発表した。
私はぶりに、父の名が棒という言葉と切りされて聞に載ったのを見た。
母は記事を読んで、何度も折り目を伸ばしていた。
「やっと、ここまで来たのね」
私はうなずいた。
だが、父がどこへ運ばれたのかは、まだ分からない。
夕方、伯父から話があった。
「美緒。聞を読んだ」
「ありがとう、伯父さん」
「礼を言われる資格はない」
そして、伯父はい声で続けた。
「まだ話していないことがある。あの晩、修を乗せた黒いは、病院へ向かわなかった」
「それはっています」
「違う。私も最初は病院へくものだとっていたんだ」
伯父は度息をえた。
「が向かったのは、稲葉建の旧採にある作業員宿舎だった。そこに、修を待っているがいたんだ」
「誰ですか」
「稲葉社と、会社の嘱託医だ」
私は受話器を握り直した。
「それなら、父は治療を受けたんですね」
伯父は答えなかった。
「伯父さん?」
「美緒。私が番恐れていたのは、あの所で起きたことを、おがるなんだ」