"昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録" 第1話
取り壊される駅
「お父さんは、駅のおを持って逃げたんでしょう」
学の、私は教でそう言われた。それからたった今でも、その言葉だけは相の顔より鮮に覚えている。
平成。野県部のさな町、栃倉へ戻った私を待っていたのは、もう列の来ない駅舎の取り壊しをらせるて札だった。
造の軒は傾き、刻表を収めていたガラスケースには、蜻蛉の骸が挟まっている。
父、杉原修は、その栃倉駅で働いていた。
昭の夜、午分の最終旅客列を見送ったあと、父は姿を消した。
当直だった駅は「駅の現万千百円もなくなっている」と届けた。警察は周辺を捜したものの、父は見つからなかった。
翌週、方には『駅員、売とともに失踪』とさく載った。
万千百円。
母が内職の縫い物で、何かもかけて得るような額だった。
母の千鶴は、度も「父は盗んでいない」と言い切らなかった。
ただ、私に向かって「お父さんが、何も言わずにあなたを置いていくとはえない」と繰り返した。
私はその曖昧さが嫌いだった。
信じるなら信じる。疑うなら疑う。子どもの私には、そのでを過ごすことが耐えられなかった。
私はをると町をれ、松本の印刷会社で正の仕事に就いた。
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結婚もしなかった。
名字を変えたくなかったのか、変える会さえ恐ろしかったのか、自分でも分からない。
ぶりに帰ったのは、母の膝が悪くなり、の階段をりるのが難しくなったからだ。
かつて仕だったは、今ではの直しをし引き受けるだけになっている。
駅を通りかかると、作業姿の男が、朽ちかけた改札ので板を束ねていた。
名を尋ねるに、そのは私を見た。
「杉原さんの娘さんか」
男は森岡豊と名乗った。
当、歳で駅の雑用を伝っていただという。
私は記憶をたどった。
父のろで荷物を運び、いつもきすぎる制をかぶっていた細い。
目のの男のこめかみには、もう髪が混じっている。
「片づけていたら、こんなものがてきたんです」
森岡さんは、作業台のからい片を渡した。
古い駅務誌の枚らしく、端は乱暴に裂かれていた。
付の欄は昭。
油染みの向こうに父の跡で『り最終、定発』とある。
そのには、別の跡で。
『分、号へ赤灯携。杉原』
私は何度も読み直した。
午分。
父が見送ったはずの最終列から、分もあとの刻だ。
「これ、誰がいたんですか」
「分かりません。でも、あの晩のことを話すは、みんな分で話を終えるんです」
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森岡さんは声を落とした。
「杉原さんは終のあと、どこかへったんじゃない。かなきゃならない所があったんです」
聞いた瞬、古いりが胸に戻ってきた。
もしそうなら、なぜ、誰も母に教えてくれなかったのか。
駅舎の奥で、取りされた振り子計が壁にてかけられていた。
針は分のまま止まっていた。
誰かがそこにわせたのか、偶然なのか分からない。
帰ろうとした私を、森岡さんが呼び止めた。
「もうつあります。駅さんがくなる、このページだけは焼くなと言ったそうです」
「父を棒だと届けた、稲葉駅が?」
森岡さんはうなずくと、の裏を指さした。
鉛で、ほとんど消えかけた文字が残っている。
『臨貨。通過させるな』
栃倉駅には、午を過ぎてる列があったのだろうか。
そして父は、いったい何を止めようとしていたのだろう。
その晩、私は母に片を見せた。
母は鏡をかけ、目を読むなり指先を固くした。
「号……」
「っているの?」
母は答えず、箪笥の番の引きしから、鍵のかかった箱をした。
「美緒。の夜のことで、あなたにまだ話していないことがあるの」
箱の鍵は、母の着物の衿に縫い込まれていた。