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"四年分の介護記録" 第10話

散骨のと永の

「サインをしなさい」

渡辺弁護士が差しした万の先が、にギラリとたくった。

健には、もはや拒絶する気力も、自己弁護の言葉も残されていなかった。

震える指でなペンを握り、婚届、財産分与放棄、慰謝料承認、そして直から突きつけられた親族関係断絶——用されたすべての類に、涙とでを汚しながら、自らの名を署名していった。

最の文字をき終えた瞬、渡辺弁護士は無造作に類を回収し、アタッシュケースに収めた。

「これで、続きは完いたしました。……健さん、あなたの荷物はすでに玄関にまとめてあります。今すぐこのから退してください」

「た、退って……今夜、俺はどこへけばいいんだ……?」

「ったことではありません」

直が酷に言い放ち、健の襟首を掴みげた。

力づくで廊へと引きずりされる。玄関には、シンガポールから持ち帰った型スーツケースつと、健の古い私物が入ったさな段ボール箱がつだけ転がされていた。

「直、頼む……晩だけ、ガレージでもいいから泊まらせてくれ……!」

「度と母さんのに顔をすな。次にづいたら、接禁止命令違反で即座に警察を呼ぶ」

ドスン!

玄関ののコンクリートポーチへ、健の体が放りされた。

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バタン、となドアが閉ざされ、内側からガチャリ、ガチャリとの鍵が施錠されるたい属音が響き渡った。

夕暮れの宅に、のたいがポツポツとり始めていた。

濡れたアスファルトので、健はスーツケースを抱きしめたまま、声をげて泣き崩れた。歳の男が、誰からも見向きもされず、たいに打たれながらのにうずくまっていた。

それから、ヶが過ぎた。

季節は真へと移り変わり、京の空には鉛のが垂れ込めていた。

都のれ、築を超える造畳半の呂なしアパート。え切った畳ので、健はにまみれた作業着のまま、スーパーの半額シールの貼られたたいコロッケをに運んでいた。

会社を懲戒解雇された健に残された仕事は、雇いの事の交通誘導員と、夜のビル清掃だけだった。たいの、ちっぱなしで誘導灯を振り続ける毎。腰の骨はすり減り、かつてオーダースーツに包まれていた体は、見るもなく痩せこけていた。

当の万円そこそこのからも、裁判所の命令により、由美への慰謝料と会社への横領返還として毎容赦なく引きされていく。元に残るのは、ヶをと即席麺でいつなぐのがやっとの銭だけだった。

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カタ、と玄関の郵便受けに何かが落ちる音がした。

健は痛む膝を引きずりながらちがり、郵便受けから通のい封筒を取りした。

差は、渡辺法律事務所。

に入っていたのは、枚の事務な通と、枚の写真だった。

『通

由美様におかれましては、る午分、入院先の緩ケアホスピスにて、ご子息・直様に見守られながら静かに息を引き取られました。

なお、故ののい志に基づき、葬儀および告別式は直様のみの密葬にて執りわれました。

また、ご遺骨は故の遺言に従い、相模湾の沖へと散骨されました。墓碑等は切建されておりません。

本状は事務続きの通であり、貴殿からの典、弔、および直様への接触は、公正証に基づき固くお断り申しげます』

「由美……」

健のから、通が滑り落ちた。

同封されていた写真に線を落とす。

そこには、ホスピスのベッドので、直にを握られながら、信じられないほど穏やかな微笑みを浮かべて眠るように横たわる、由美の姿が写っていた。

あの、リビングで見せた氷のような酷さは消えり、すべてをやり遂げ、する息子に取られて旅った者だけが持つ、聖母のような美しい笑顔だった。

墓すらない。

をわせる所も、許しを請う所も、この世界のどこにも残されていない。

健がぬまで、彼女への謝罪が届くことは永にないのだ。

「ああああああっ……! ああああああっ……!!」

暗い畳半の部で、健は畳に額を打ち付け、獣のように絶叫した。

自分が捨てたもののきさが、自らの浅ましい虚栄のために踏みにじったのさが、底れぬ暗黒となって彼を押しつぶしていく。

では、たいが静かにり始めていた。

誰からもされず、誰の記憶にも残らず、ただ己の罪を償うためだけに、凍える暗ので老いてんでいく——。

それが、族のを踏みにじり、責任から逃げ続けた男にされた、永に終わらないの刑罰だった。

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