"四年分の介護記録" 第8話
枚目の緑
「あ……あああ……」
健はを抱え、に両膝をついた。
エリート商社マンとしての栄、次期役員の子、額な収、退職千万円——彼がのをかけて築きげてきた誇りのが、瞬にして音をてて爆破され、燼に帰した。
残されたのは、歳の無職という無残な現実と、会社から請求されるであろう千百万円の横領返還請求だけだった。
「待ってくれ、由美……! 頼む、嘘だと言ってくれ!」
健はいつくばるようにして由美の元へすがりついた。
「俺が悪かった! 魔が差したんだ! 異国ので孤独で、プレッシャーに押しつぶされそうになって、つい羽目をしてしまったんだ! おへのは本物だった! やり直そう、な? 俺にはおしかいないんだ! こので、またで……いや、でやり直そう!」
みっともなくをすすり、妻の裾を握りしめる健。
数まで、「切れを叩きつけて捨ててやる」と傲に息巻いていた男の姿は、そこにはも形もなかった。ただ、すべてを失った初老の男が、に溺れて藁にすがるような無様な姿を晒しているだけだった。
由美は、すがりつく健のを、たく、容赦なく払い落とした。
「やり直す? どのがそんな言葉を吐くのですか」
由美はテーブルのから、枚の緑の用をに取った。
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「あなたが内ポケットに隠し持ってきた婚届。……したらどうですか?」
「え……?」
「せないなら、私が代わりに用したものを差しげましょう」
バサリ、と健の顔のに落とされたのは、紛れもない、もう枚の婚届だった。
妻の欄には、すでに由美の美しい署名と実印が完璧に押されている。
「あなたが持ってきた婚届には、慰謝料百万円とでもいてあったのでしょう? でも、私の用したこの婚協議には、全く別の条件が記されています」
由美は分い公正証の原案を広げた。
「第条、貞為および悪の遺棄に対する慰謝料、千万円。第条、過の婚姻費用分担の未払い清算、百万円。第条、あなたの隠し座——井友シンガポール支および国内のネットにプールされていた計千百万円の預の全額差し押さえ」
「な……隠し座まで……!?」
「言ったはずです。私は元システムエンジニアだと。あなたが活費をし渋るために隠していた座など、すべて特定済みです。あなたがサインしようとしまいと、裁判所へ調および訴訟を提起し、すべての座を仮差し押さえする続きが完しています」
逃げは、完全に塞がれていた。
職を失い、退職を失い、実を失い、貯をすべて奪われ、会社からは横領の返還を迫られる。
「由美……頼むよ……これじゃ俺は、文無しどころか借まみれで、活者になるしかないじゃないか……! お、俺を殺す気か!?」
健の鳴のような叫びに対し、由美は静かに目を伏せ、そしてゆっくりと顔をげた。
その瞳には、滴の涙も、欠片のりもなかった。ただ、澄み渡るような絶対の拒絶があるだけだった。
「ええ。社会にも、にも、あなたは今ここでぬのです。……私がこのにわった獄に比べれば、活など温い罰ですよ」
そのだった。
カチャリ、と玄関のドアがく音が、静まり返った廊に響いた。
く、力い音が、リビングへとづいてくる。
「母さん、入るよ」
扉をけて入ってきたのは、仕ての良いスーツを着た、見違えるほど精悍な青の姿だった。
息子の、直だった。