"「妻に休んでほしい」退職夫が勝手に決めた私の人生" 第1話
拍ので聞いた言葉
「これからは、妻にもゆっくりしてもらいたいとっています」
夫の修司がそう言うと、卓を囲んだ族から拍が起こった。息子の健太は「父さん、いいこと言うな」と笑い、娘の真帆はスマートフォンを構えた。退職祝いの束を抱えた夫は、照れたように目尻をげている。私はそのしろで、い汁椀を載せた盆を持ったままっていた。
私だけが、どうしても拍できなかった。ほど、同じが台所で私に言った言葉を覚えていたからだ。「俺がにいるんだから、おの仕事もそろそろやめたらどうだ」。それが本当に私を休ませたいの言葉なのか、まだ答えがていなかった。
私の名は子、歳。修司は歳になり、勤めた会社をこの週に退職した。私は所のスーパーで週、品しの仕事をしている。結婚してからずっと、族の都を先に考えて予定を組むのが当たりだった。
今くらいは、から「お疲れさま」と言いたかった。転勤のかった夫が、慣れないで仕事を続けてきたことも、帰宅が夜になった々もっている。苦労したをねぎらいたい気持ちは本物だ。だからこそ、私のを勝に決められたくないという気持ちまで、なかったことにしたくなかった。
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「母さん、汁物、もういいよ。先に写真撮ろう」
真帆が声をかけた。私が盆を置こうとすると、夫が子からちがり、束を胸に抱え直した。「まず俺と子供たちで枚だな。子はから入ればいい」。誰も悪気のある顔をしていない。健太の妻の里奈も、孫たちを並ばせるのに忙しそうだった。
私は「そうね」と言いかけて、を閉じた。「で」は、私の暮らしに何度もてきた言葉だ。子供がさい頃の勉、友との旅、習いたかった芸。全部「今は無理だから、で」と自分に言い聞かせ、いつのにかをねていた。
夫は私がったままでいるのを見て、皆に聞こえる声で言った。「母さんは世話してる方が楽しいんだよ」。さな笑いが起きた。私が笑えば、そのは丸く収まる。いつもそうしてきたし、今もそうするつもりだった。
ところが、夫が続けた退職の挨拶を聞いた途端、胸の奥で何かが止まった。「これからはでのんびり。のことも妻に頼りながら、第のを楽しみたい」。拍がもう度起こる。妻をいたわる言葉と、妻を頼る言葉が、夫のではしも矛盾していないらしい。
退職祝いの献を考えたのは私だった。夫の好きな汁物を作り、子供たちと持ち寄りの分担を相談し、卓に敷く布もの晩に洗った。束の配は真帆がしてくれたけれど、夫が座ってから慌てずに済むよう、台所の引きしまでえたのは私だ。
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準備が嫌だったわけではない。ただ、祝いの主役が夫だからといって、私が卓にいなくていい理由にはならないとった。
私は、これまでにも夫の退職の暮らしを像したことがあった。朝にで散歩し、たまには映画を見て、夕方は別々の好きなことをする。そんな活なら楽しそうだとっていた。けれど夫のい描く「ゆっくり」は、私がいつでもにいて、必なときにけることらしい。同じ言葉を使っていても、見ている景はこんなに違うのだ。
私は盆を作業台に戻し、エプロンの紐をほどいた。祝宴を壊したいわけではない。でも、こので黙って頷けば、私が仕事をやめることも、曜にかけないことも、族に承認された約束になってしまう。
「修司さん。今の話、本当にそうっているの?」
夫が顔をげた。真帆のスマートフォンが、写真を撮りかけたまま宙で止まる。私は夫の返事を待った。私たちの退職の暮らしを決める話が、ようやく始まろうとしていた。