みかん小説
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"雨宮停留所の黄色い傘" 第2話

帰らなかった息子

翌朝、私は介護施設を訪ねた。叔母の荷物を引き取る続きで何度か来ていたため、職員とは顔見りだった。佐子さんは、窓際のテーブルで折りをしていた。青いをさく折り、何度もいては戻している。

「昨、宮の留所でお会いしました」

彼女は私の顔を見げた。

「そうでしたか。あの子は来ませんでしたか」

「息子さんのことですか」

「はい。信夫といいます。のときに、いなくなってしまって」

佐子さんは、息子の名を言うときだけ、し背筋を伸ばした。彼女の記憶は、すべてが曖昧になっているわけではない。私の名はすぐ忘れるのに、信夫の名と、帰りのだけは覚えていた。

「信夫さんは、いつもあの留所から帰ってきたんですか」

「学の帰りは、分のバスでした。部活があるは半。あのも、がひどくてね。傘を持たせたのに、あの子は黄い傘を置いていったんです」

佐子さんは、元の青い折りをつぶした。

「あのって、いなくなったですか」

「そう。帰ってこなかった」

職員によると、信夫は昭の、歳でをた。財布と制の替えを持ち、学にもかなくなった。警察に捜索願をしたが、本が成したあと、民票の移をきっかけに「自分ので活している」

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と分かり、捜索は打ち切られたらしい。佐子さんには詳しい説ができなかった。夫が「息子は勝にていった」と言い、彼女もそれを信じるしかなかったという。

「旦さんは、もうくなられたんですか」

「に。あのは、信夫の話をするとりました。あの子がをたのは、母親のせいだと言って」

佐子さんは、そこで言葉を止めた。何が母親のせいだったのか、本も分からないようだった。

施設をると、玄関にの男性がっていた。代半くらいで、羽を腕にかけている。彼は私を見ると、「佐子さんと話しましたか」と聞いた。

「失礼ですが、どなたですか」

「塚です。昔、町営バスの運転をしていました。あの留所のことなら、私もっています」

塚は現、施設の送迎を運転している。佐子さんが留所へ向かうのを見つけると、施設まで連れ戻す役目もしているという。

「信夫くんがいなくなった夜、最に乗ったバスを運転したのが私です」

塚の声は、ひどく静かだった。

「あなたは、あの子がバスに乗ったのを覚えているんですか」

「はい。確かに乗りました。でも、記録には残っていません」

塚は、運誌を見せてくれると言った。町営バスの古い庫はすでに取り壊され、記録はの倉庫に移されている。彼が最に確認したとき、昭の運誌のうち、宮留所のページだけが破り取られていたという。

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「なぜ、そんなことを」

「私にも分かりません。あの夜、私は信夫くんを乗せた。けれど、彼がどこでりたのか、誰にも話せなかった」

塚は、施設のガラス戸に映る自分の姿を見つめた。

「今でも、のにはあの黄い傘が内に見えることがあります」

その夜、叔母ので古い域聞を探した。昭の記事に、「男子、方」とさな記事が載っていた。名は佐子さんの息子、信夫。記事の隅には、同じに別の事故があったとかれている。

『町営バス、豪のため運休。旧宮線、乗客名の乗記録なし』

私はその記事を読み返した。

信夫がいなくなった夜、町営バスは運休していたはずだった。

それなのに、塚は彼を乗せたと言っている。

翌朝、佐子さんは施設の職員にこう尋ねたという。

「昨、信夫は何のバスで帰りましたか」

職員は答えられなかった。

私は、あのが本当に者なのか、まだ判断できずにいた。

佐子さんは、施設に入るまで所のさな堂を伝っていた。職員は、彼女が々、誰もいない子に向けて「ご飯をべなさい」と声をかけると教えてくれた。信夫が帰ってくるとって、事を分く用していたのだという。

私は、彼女が折っていた青いを見せてもらった。くと、の内側に鉛で「帰りは分」

とかれていた。佐子さんは、毎同じ刻を確かめているのだろう。

「息子さんが帰ってきたら、何を話したいですか」

「何も。まず、濡れた制を着替えさせて、それからご飯をすの」

「りませんか。も待ったのに」

「ることは、あの子が帰ってから考えます」

その言葉は、彼女の記憶が揺れても、消えずに残るもののように聞こえた。

施設の職員は、信夫がいなくなったの佐子さんをよくる同僚を紹介してくれた。彼女は、佐子さんが何も「息子からが来た」と話していたという。

「本当に届いただったんですか」

「封筒を見たことはありません。でも、佐子さんは毎回、返事をいていました。『ご飯をべていますか』『邪をひいていませんか』と」

その返事はどこへったのだろう。佐子さんのの類箱には、息子からのだけでなく、彼女がいた返事もあるかもしれない。私は姪に連絡を取った。彼女は、の片づけをもう度伝ってほしいと頼んだ。

その夜、私はので、が宮の留所に弁当箱を置くのを見た。蓋をけると、にはめた卵焼きがつだけ入っていた。

職員は、佐子さんが昔から黄い物を好んだと話した。施設の部にも黄いカーテンがあり、彼女は「息子が見つけやすいから」と選んだらしい。

信夫がいなくなったあと、彼女は黄い傘を何本も買っては、留所に置いてきた。誰かが持ちるたび、次の傘を買ったという。

佐子さんは、青い折りをバスの形にしたあと、裏に「信夫」といた。職員が誰の名か尋ねると、彼女は「帰ってくる子」と答えた。私はそのを写真に撮り、信夫へ送った。彼はしばらくして「母は、まだ僕のことを息子とってくれているんですね」と返事をくれた。

佐子さんは折りのバスを、枕元に置いて眠った。

折りの青は、窓辺のを受けて静かにれていった。

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