"昭和三十九年、父の止めた記事が暴いた新聞記者親子の真実" 第6話
……僕は、正義の方になりたかっただけでした。自分のペンで悪を倒した気になりたかっただけでした」
達也は拳を机のに落とした。悔し涙が、原稿用の目を濡らした。
「でも、父さん! だからといってかないわけにはいきません! 初さんたちの健康が奪われ、使い潰されている現実は消えない! 会社を潰さず、女たちを救い、そしてこの条理な仕組みそのものを社会に問うは、本当にないんですか!?」
誠はちがり、静かに窓のを見つめた。
夜の京のには、無数のネオンが煌めいていた。
「達也。聞の力とは何だとう」
「……真実をのに晒すことです」
「違う」誠は首を横に振った。「聞の力とはな、に『らしめる』ことではない。社会に『引き受けさせる』ことだ」
誠は振り返り、達也の濡れた目を見つめた。
「の社を悪者にして叩き潰せば、読者は『ひどい会社があったものだ』と事で溜をげて終わりだ。オリンピックの祝祭に酔いしれる連は、自分が着ているユニフォームの裏に、の女たちの血が染み込んでいることなど、秒も考えずに済む。……そんな記事は、ただの娯楽だ」
誠は達也の取材ノートをに取った。
「くべき相は、絹紡の社じゃない。その背にいる商社の当な買い叩き、それを黙認してオリンピックの納期ばかりを優先する組織委員会、そして何より、豊かさの狂ので方の痛みを忘れろうとしている、この国全体だ」
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誠は万を抜き、達也のノートの余に、太い文字でつの点をき留めた。
、絹紡における労働実態と女たちの活。 、元請け商社による請代支払遅延等防止法違反の疑い。 、度成の祝祭ので、方の若労働者が背負わされている歪み。
「これをけ、達也」
誠の瞳に、往の鋭いが蘇っていた。
「単純な善悪の項対でを裁くな。女の痛みも、の苦悩も、企業の傲も、すべてを等しく面に叩きつけろ。……誰かを犯にして終わらせるな。読者全員に、『これは自分たちの問題だ』と喉元に刃を突きつける記事をくんだ」
「父さん……」
「締め切りまで、あとある。き直せ。……俺が、デスクと編成を抑えてやる」
達也の胸の奥で、い血潮が逆流した。
「はい!」
達也は自席へり、しい原稿用の束を引きしから掴みした。
万のキャップをし、インクを吸入器で満たす。カチリと属の噛みう音が、夜の編集局に響いた。
『昭。京が世界を迎える祝祭ので、台の織りが軋んでいる——』
達也のペン先が、猛烈な速度でのをり始めた。
それは、を断罪するための刃ではなく、々のきた証を、その痛みを、社会の記憶に永に刻みつけるための、魂の記録だった。
午分。
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最終版の締め切りまで、残すところを切っていた。
編集局の蛍灯は夜の圧でかすかに瞬き、ち込める煙と乾いたインクの匂いが達也の腔を刺激していた。達也の指先は青黒いインクで染まり、原稿用の目を埋める万のペン先は、を削り取るような鋭い音をてていた。
き直した原稿用は、すでに枚を超えていた。
初が語った青森の痩せたの景。弟や妹たちへ仕送りされる千円の現留のみ。神崎社の油じみたエプロンと、机の奥に隠されていた元請け商社「帝都物産」からの理尽な買い叩き通告。達也は誰として免罪せず、しかし誰として単なる悪魔として描かなかった。
「佐伯、できたか!」
デスクの梶が、赤鉛をに挟んだまま達也の背へ滑り込んできた。達也は最のに句点を打ち、乱暴に原稿を揃えて両で突きした。
「社会面トップ、差し替えの原稿です!」
梶は脂ぎった額に皺を寄せ、無言で原稿をめくり始めた。数秒ごとに赤鉛が止まり、梶の喉仏がごくりとく。枚、枚、枚。周囲の理部員たちが、版をらせる計の秒針を気にしながら、息を詰めてその様子を凝していた。
「……おい、佐伯」
梶が原稿を伏せ、充血した目で達也を見据えた。