"「お前には継がせない」と言った父が、最後まで守り続けたもの" 第12話
そして、ソリの引き綱を、郎の胸元へ無言で突きした。
「……担ぐな。引き綱を肩にかけろ。はを取られる。ソリを使えば、転んでも缶は倒れん」
郎は目を見張った。 源の瞳の奥に、かつてこの町で、あらゆる災と景気を乗り越えてを守り抜いてきた「老舗の主」の、凄まじい気迫が宿っていた。
「郎。……商なら、客を凍えさせるな。ってこい」
「……おう!」 郎は引き綱を両肩にくい込ませ、吹き荒れる猛吹ののへと、力くびしていった。
ゴオオオオッ――!
界はわずかメートル。い散るの結晶が、皮膚を切り裂く針のように顔面を打つ。 郎は傾姿勢になり、を漕ぐようにして歩歩、へとをめた。
ソリのみはキロを超えていた。 吹き溜まりにを取られるたび、靴がに埋まり、引き綱が肩の肉にい込んで激痛がる。 それでも、郎はを止めなかった。
(俺は……何のために京から戻ってきたんだ)
息がく凍りつき、睫毛がでくなる。 (親父を見返すためか? しい商売のやり方を証するためか?)
違う。 郎の脳裏に、幼い頃の記憶が馬灯のように浮かんできた。 昭代の初、まだ配が続いていた飢餓の。 父・源は、をして寝込んでいた郎のために、吹のを里もれた農まで歩き、懐にリンゴをつ抱いて凍傷になりながら帰ってきたことがあった。
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あの、父の背から漂っていた、と藁と、の匂い。 「郎、え。これえばががる」と、器用にリンゴを剥いてくれた、あのきな掌。
(親父は……ずっと、こうやってきてきたんだ)
言葉で、理屈も言えず、代に取り残されていくと怯えながら。 それでも、目ので困っているのために、を被り、を漕ぎ、ただ愚直に命を運んできた。 それが、佐々源という商の、唯無の「商」だったのだ。
「うおおおおっ!!」
郎は吼えた。 吹き荒れる暴の咆哮をねじ伏せるように、両に全体を乗せて踏みしめる。
分。 郎は、に埋もれかけていたの婆さんのの戸を、凍りついた拳で叩いた。 「おばあちゃん! 佐々商だ! 灯油持ってきたぞ!」
戸がき、毛布にくるまって震えていたウメが、だるまのようになった郎の姿を見て、腰を抜かすように泣き崩れた。 郎は凍えたでストーブのタンクに灯油を満たし、マッチを擦った。
ボッ……と、温かな青い炎がちがり、え切った畳をオレンジので包み込んでいく。
「郎さん……郎さん……ありがとうねえ……ありがとうねえ……!」 ウメが、郎のを両で包み込み、涙をポロポロと零した。
郎は濡れた掛けで顔のを拭い、息をえながら笑った。 「おばあちゃん、あったかいかい?」
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「ああ……あったかいよ……きてて、よかったよ……」
ストーブの炎を見つめながら、郎の胸の奥底で、京でにつけた「代流通の識」と、父から血肉として受け継いだ「商の魂」が、完全につに溶けっていくのを確信していた。
がけた昭、。 厳しいがり、旭町商の通りには、柔らかな差しと解けが流れる音が満ちていた。
佐々商のには、朝から活気が溢れていた。 オート輪のトラックがのに横付けされ、健が仕入れ組の若たちと威勢よく荷ろしをしている。 「はい、の噌樽、入りました! 百さんのジャガイモ袋、こっちへ回して!」
の棚には、然と並べられた商品と、カラフルなきポップ。 そして帳には、話が台に増設され、事務を着た母のフミが、ひっきりなしに入る配達注文の伝票をテキパキと捌いていた。
その帳の央、しく誂えられた頑丈な製のすりの横に、台の製子が据えられていた。 そこに座っていたのは――佐々源だった。
臓の病は完全に完治したわけではなかったが、往診の医師も驚くほどの回復を見せ、先週から「にる」と自ら言い張って帳に復帰したのだ。
源の膝のには、使い古された、あの黒革の売掛帳が置かれていた。
しかし、源はそろばんを弾こうとはしなかった。