"黒い着物の誓い" 第6話
そして、その央で、息子の斗が額から血を流し、座をして震えている。
「……は、斗……? な、何なのこれ……体、何があったの!?」 母親――赤幸恵(ゆきえ、歳)の顔から、瞬にして血の気が引いていった。
「か……母ちゃん……!?」 赤は裏返った鳴をげ、まるで世界で番見られたくない相に見られたかのように、両で顔を覆って縮こまった。 「なんで……なんでここに来るんだよ……! 帰れよ! く帰れよ!!」
「何言ってるの! あんた、その額の血はどうしたの!? また誰かと喧嘩でもしたの!?」 幸恵が取り乱して駆け寄ろうとした。
そのだった。 私の線が、幸恵の顔を正面から捉えた。
目元に刻まれた優しい笑い皺。 し焼けした、働き者の浅黒い肌。 そして――彼女が腕に抱えていたトートバッグの持ちに結びつけられていた、古びた柄の布切れ。
私の臓が、ドクンと激しくねがった。
(あの、声……あの、……)
のの。 駅裏の裏で、ずぶ濡れになって倒れていた私を庇い、良たちのに両を広げてちはだかってくれた、あの女性。 『はね、しくらい濡れたって平気なのよ!』と笑い、私に万円札と折りたたみ傘を押し付けてっていった、名もなき恩。
「……藤士さん」 私の声が、微かに震えた。 「から、あの【桐の箱】を持ってきてください。……今すぐに」
藤士は私の目を見て、すべてを悟ったようにく礼した。
広告
「畏まりました」
黒スーツの男が脱兎の如く部をびしていく。 赤幸恵は困惑した表で、私と、で震える息子を見つめ直した。 そして、私の着物の胸元についたウイスキーの染みと、元に散らばる割れたグラスを見た瞬、幸恵の表が凍りついた。
「……斗。あんた……まさか、このお嬢さんに……酒をかけたの?」
幸恵の声から、震えが消えた。 代わりに宿ったのは、母親としての、胸を引き裂かれるようない絶望とりだった。
「斗ッ!!」
ピシャアンッ!!
静まり返った宴会に、乾いた平打ちの音が炸裂した。 幸恵のさな掌が、に座り込む赤の頬を力任せに打ち据えたのだ。
「ぐああっ……!」 赤がによろめく。
「あんた……何てことをしたの……! 何てけない真似をしたのよ!!」 幸恵はボロボロと粒の涙をこぼしながら、自分の胸元を掻きむしった。 「様にお酒を浴びせかけるなんて……! 母さんはね、あんたをそんな卑怯なに育てた覚えはありませんよ!!」
「母さん……だって……俺は……!」 赤が言い訳をしようと籠るが、幸恵は聞くを持たず、私のに膝をつき、畳に額を擦り付けた。
「お嬢さん……本当に、申し訳ございません! 私の育て方が悪かったんです! どんな罰でも受けます、警察に突きしてくださっても構いません! どうか……どうか、息子の愚をお許しください……!」
広告
母が息子のために、見ずらずのに額を擦り付けて涙を流す。 その姿を見た瞬、私の目がくなった。
その、息を切らして戻ってきた藤士が、両で恭しくさな桐の箱を差ししてきた。 私は箱を受け取り、幸恵のに静かに跪いた。
「お母様。……顔をげてください」
幸恵がおずおずと顔をげる。 私は桐の箱の蓋を、ゆっくりとけた。
に入っていたのは、にで汚れ、私が何度も洗いをねて切にアイロンをかけた、枚の綿のハンカチ。 そして、骨が本歪んでいる、褪せた柄の折りたたみ傘だった。
幸恵の瞳が、その傘を見た瞬、きく見かれた。 「……え? こ、これ……私の……?」
「覚えていますか、お母様」 私の声が、涙で微かに震えた。
「の、たいの夕暮れです。駅裏ので、良に囲まれて鞄を奪われていた女子を……見ずらずのあなたが、を挺して助けてくださいました」
幸恵の元が震え始めた。 「あ……あのの……のの、女の子……?」
「はい。あの、あなたが良に渡してくださった万円札は、私の命を救ってくれました。……そして、あなたが貸してくださったこの傘の温もりを、私はこの、たりとも忘れたことはありませんでした」
宴会にいた全員が、息を呑んでその景を見つめていた。 赤も、呆然と母親と私の顔を見比べ、言葉を完全に失っていた。
「あ……ああ……!」 幸恵の目から、堰を切ったように涙が溢れした。