"毎月7000円を隠していた夫の20年の秘密" 第11話
内は、静岡からの通勤客や商たちで混みっていた。夕が迫るにつれて、窓の景は黒いシルエットへと沈んでいく。
文子は座席の背もたれにを預け、清司から渡された通帳のみを膝のにじていた。
百万円の通帳。
そして、清司の。
、夫が密かに抱え込んできた暗黒の圧を、文子は今、自らの両で抱きとめていた。
りは完全に消えていた。
残っていたのは、底れぬおしさと、痛々しいほどの夫への悔だった。
なぜもっとく気づいてやれなかったのか。
昭雄が毎晩、晩酌もせずにくに就いていたのは、酒に溺れて失言することを恐れていたからではないか。
しい背広を頑なに拒み、文子が編んだ物の毛糸のチョッキを何も事に着ていたのは、自分が着飾ることを許せなかったからではないか。
子どもたちが元気に育ち、庭がるくなればなるほど、昭雄のの奥底では「清司は庭も持てず、での片隅にいる」という罪悪が、毒のように夫の肉体を蝕んでいたのだ。
「お父さん……馬鹿な。本当に、器用な……」
文子は窓ガラスに額を押し当て、呟いた。
午を過ぎた頃、列は京駅に滑り込んだ。
央線の速に乗り換え、鷹駅へ。駅の商は、すでに半のがシャッターをろし、灯の暗いが湿ったアスファルトを照らしていた。
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文子は速で歩いた。
くに帰らなければならない。
あのえ切った居で、で罪のに怯えている夫の元へ。
曲がり角を曲がり、佐々の古びた平が見えてきた。
台所の窓からも、居の戸からも、かりは漏れていなかった。全体が、まるで廃のように真っ暗だった。
文子は臓がねがるのをじながら、扉を押しけた。
「お父さん……?」
に靴を脱ぎ散らかし、居の襖をけた瞬、文子はち尽くした。
暗い畳の真ん、ちゃぶ台のに、昭雄が朝と同じ姿勢のまま、正座して座り込んでいた。
部には灯もつけられておらず、かりだけが、男の丸まった背と、畳のに落ちたを青く照らししていた。
「……文子か」
のから聞こえてきたのは、擦り切れた布のような、々しい声だった。
昭雄は顔をげなかった。両は膝ので固く握りしめられ、微だにしない。
「帰ってきたのか。……へ、ったんだな」
文子は何も言わず、部の隅へみ、灯の紐を引いた。
パッと広がった裸球のオレンジののに、昭雄の姿が浮かびがった。
晩のに歳も老け込んだような、落ち窪んだ目。頬はこけ、無精髭が伸び放題になり、唇はく渇ききっていた。男の元には、皿から溢れたタバコの吸い殻が散乱していた。
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文子はハンドバッグを置き、昭雄の正面に正座した。
そして、鞄からつのものを取りし、静かにちゃぶ台のに置いた。
つは、清司から預かってきた百万円の定額貯通帳。
もうつは、『佐々昭雄殿』とかれた、清司の。
昭雄の線が、そのつのものに吸い寄せられた。瞳が激しく揺れ、男の全が刻みに痙攣し始めた。
「……清司に、会ったのか」
「ええ。会ってきたわ」
文子の声は、どこまでも静かで、柔らかかった。
「お母様にもお会いした。井川の堤防のすぐの、さな駄菓子さんでね。清司さんは、計を直していらしたわ。とても細い、精密な計の歯を、誇らしそうに直していらした」
「……あいつは、脚を……」
「の脚は、義だったわ。作りの、頑丈な義をつけていらした」
昭雄は両で顔を覆い、喉の奥から獣のような呻き声を漏らした。
「俺が……俺が奪ったんだ……! あいつの脚を、あいつの青を、俺が奪ったんだよ……! 昭の、あのの夜……俺がボルトをちゃんと確認していれば……俺が親方に逆らって械を止めていれば……! あいつは今でも、自分のでれていたんだ!」
昭雄の指の隙から、粒の涙がとめどなく溢れし、首を伝って畳のにボタボタと落ちた。
、妻のでも、子どものでも、の同僚のでも、度たりとも見せたことのなかった佐々昭雄の慟哭だった。
「俺は……俺だけが結婚して、郎が産まれて、美が産まれて……毎温かい飯をって、布団で寝て……そんなことが許されるはずがないんだ! 清司が田舎で脚を引きずって苦しんでいるのに、俺だけが幸せになっていいはずがないんだよ……! あの千円は、俺がとしてきるための、最限の罰だったんだ……!」