"帰ってきた長男に家はなかった" 第8話
慎太郎はしばらく黙っていた。
やがて、さく笑った。
「俺は逆だった」
隆次が顔を向ける。
「帰れば全部戻るとってた」
「……」
「も、も、澄も、正も。3に置いてきた所に、そのまま残ってるとってた」
慎太郎はの板を見げた。
「俺も勝だったな」
隆次は何も言わなかった。
2はしばらく並んで座っていた。
同じ父からまれ、同じで育った兄弟だった。
それでも戦争の3は、2に全く違うをきさせていた。
源蔵の葬儀を境に、慎太郎と隆次の関係はしずつ変わった。
急に仲の良い兄弟へ戻ったわけではない。い積もっていたわだかまりは、1度話しただけで消えるものではなかった。
それでも盆には慎太郎がへくようになった。
正には隆次の妻が料理を作り、澄も伝った。
子どもたちは事をらず、緒にり回った。
正にとって、隆次の息子はただの従弟だった。
「どっちが本当の跡取りなん?」
ある、子どもが無邪気に聞いた。
たちは瞬顔を見わせた。
隆次が笑った。
「今は俺や」
「父ちゃんは?」
正が慎太郎を見る。
慎太郎も笑った。
「父ちゃんはただの問勤めや」
子どもたちはそれで納得した。
誰が本来の跡取りだったのか。
誰が代わりだったのか。
そんなことは、次の世代にはきなを持たなくなっていった。
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慎太郎は織物問で働き続けた。
商売の経験を買われ、しずつ責任のある仕事を任されるようになった。
各の取引先を回ることも増えた。
以なら、自分の以で働くなど像もできなかった。
ところが何か経つと、それも悪くないとえるようになった。
主ではない分、へ戻れば仕事かられられた。
正と話すも増えた。
澄と緒に買い物へくこともあった。
借暮らしは裕福ではなかった。
それでも慎太郎は、自分で選んだ活を初めて送っていた。
ある晩、澄が古い箪笥から1通のをした。
差は阪だった。
千鶴から届いたものだった。
縫製で働いていること。
活は楽ではないが、自分で料をもらえるようになったこと。
寺と澄への謝。
い内容だった。
「元気らしい」
澄が言った。
慎太郎はをに取らず、頷いた。
「そうか」
「返事をきます」
「うん」
慎太郎はそれ以何も言わなかった。
千鶴と過ごした帰還途のを忘れたわけではない。
自分が倒れたにを運んでくれたことも、べ物を分けてくれたことも覚えていた。
だが、あのの約束を「を共にする約束」として続けることは、誰のためにもならなかった。
澄はを畳んだ。
「慎太郎さん」
「何」
「帰ってきたばかりの頃より、ずいぶん変わりましたね」
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慎太郎は苦笑した。
「老けたか」
「そうじゃなくて」
澄はし考えた。
「は、何でも自分の所が決まってるとってた」
「そうだったか?」
「も、自分の席も、族も」
慎太郎は否定できなかった。
男だからを継ぐ。
夫だから妻は待っている。
父だから息子は自分を覚えている。
自分にとって当たりだったものを、慎太郎は失って初めて考えるようになった。
「戦争にくは、選ばなくてもきられたからな」
慎太郎が言った。
「男としてまれたから、先が決まってた」
「今は?」
「今は、どうするか自分で決めなきゃならん」
澄は笑った。
「その方が変ですね」
「変だ」
慎太郎も笑った。
それから何も経ち、正はしずつになった。
父の征の姿は、記憶のでれていった。
代わりに覚えているのは、毎朝問へかける父の背だった。
へ帰ると靴を脱ぎ、聞を広げ、々居眠りする父。
盆になると弟と酒をむ父。
もう、呉の主になれなかったことをにすることはほとんどなかった。
の板は残っていた。
隆次が主としてち続けた。
それでよかったのだと、族の誰もがしずつうようになった。
正が成する頃、町の景はさらに変わっていた。
焼け跡だった所にはしいが建ち、駅にもが増えた。戦すぐにはに入らなかった物もしずつ戻り、々の装もるくなっていった。
隆次の呉も商売を続けていた。