みかん小説
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"「もう戻るな」と言った息子へ" 第1話

夕暮れの淡いが、玄関のすりガラス越しに暗いへと頼りなげなを落としていた。 気を遮るように静かに閉めた引き戸の鍵を回し、私は買い物袋をへ置いた。ち仕事を続けてきたの痛みをらげようと、壁にを添え、ゆっくりとの靴紐に指をかける。爪先を軽く浮かせ、靴を脱ぎかけたその瞬であった。

「――嫁いびりをするのはやめろ!」

突然、から叩きつけられた号に、私のは靴紐を掴んだままピタリと止まった。全の血液が気にえて逆流するような覚とともに、指先が凍りつく。 恐る恐る顔をげると、がり框の正面に、息子の川島志がちはだかっていた。

私、川島良子、歳。 元の老舗呉で、反物の触りとお客様の笑顔を誇りに、という歳をただ実直に働き続けてきた。礼儀をんじ、を尊ぶことを何よりも切にきてきたこの私が、まさかの晩になって実の息子からこのような罵声を浴びせられるなど、にもわなかった。

志は肩をきくさせ、両拳をわなわなと震わせながら、激しい線を私へ突き刺していた。

「母さんのせいで、耶が毎泣いているんだ! もうの限界だ!」

り狂った息子の顔は、の付け根まで真っ赤に染まりがっていた。

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かれた瞳の奥には、母親に対するなど微も残っておらず、ただ敵と憎悪が渦巻いている。 その恐ろしい形相を目の当たりにして、私の胸の奥くに鋭利な刃物が突きてられたような痛みがった。 涯の伴侶であった夫を病でくし、途方に暮れていた私にとって、息子夫婦との同居は何物にも代えがたいの支えであったはずだった。夫を失った寂しさを埋めるように、の暮らしを支えることこそが私のきがいだと信じて疑わなかったのに、現実はあまりにも無残であった。

私は震えるを靴からし、よろめきながらがり框へとをかけた。息子の荒い息遣いを見つめながら、必に声を絞りす。

「……ちょっと待って、志。体、私が何をしたっていうの?」

激しく乱れる悸を抑え込み、震える声で理由を問いかけた。しかし、息子は聞くを持とうとせず、吐き捨てるように首を横に振るばかりであった。 その、廊暗がりから、スリッパの擦れる微かな音がづいてきた。現れたのは、息子の妻である耶だった。彼女はハンカチを目元に当て、肩をさく震わせながら、涙を拭う仕をしてみせた。

「お母さん……私、これ以耐えられません……」

伏せられた目元から絞りされたそのか細い声を聞き、私は息を呑んで完全に言葉を失った。

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体、こので何が起きているというのか。私は同居が始まって以来、至らない点があれば補おうと気を配り、耶さんに辛いいをさせまいと優しく接してきたつもりだった。毎事も極力私が引き受け、若いを尊してきたはずなのに、なぜ彼女は被害者のように泣き崩れているのか。

混乱する私の考を断ち切るように、志がへ踏みしてきた。その徹な差しが、私を見ろす。

「今夜ってくれ。母さんとは、もう緒に暮らせない」

氷のようにたい宣告が、容赦なく私の臓を貫いた。 、呉で真面目に働き、女つで庭を支え、息子の成を見守ってきた私のこれまでののすべてが、たった瞬で無価値なものとして否定された気がした。 しかし、激しい衝撃と絶望が胸を焼き尽くすで、議なことに、私の元にはふっと静かな笑みが浮かんでいた。あまりの理尽さと、息子夫婦の浅ましさに対する呆れが、の極限においてややかな諦へと転じたのかもしれない。

私の微かな変化に苛ったのか、志はさらに声を荒らげた。

「母さんが耶に嫌がらせをしているって、所のからも聞いたんだぞ!」

息子のからしたその言葉に、私はを疑った。

嫌がらせ? 所への吹聴? に覚えのない言葉の羅列に、が真っになる。

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