みかん小説
本棚

"車が狭いからと言われた妻" 第2話

庫からもうつ、透なファイルを取りした。には温泉旅館の予約内容、浩司のカード利用記録、宅リフォーム会社の資料、そして私の署名を真似て作られた所権移転関係の類の写真が入っている。

彼らが今朝、私を旅からした本当の理由。

それも、私はすでにっていた。

 

父がこのを建てたのは、私がまだだった頃だった。昔気質ので、普段は数がなかったが、自分が削った柱や梁について話すだけは子どものように楽しそうな顔をした。リビングの黒柱には、私がの頃からになるまでのが、鉛さな刻みで残っている。

「由美、このはおだからな。俺がいなくなっても、自分の好きなように暮らせ」

父は冗談めかして何度もそう言っていた。そのを、私はずっと「建物を守れ」ということだとい込んでいた。父が病気でくなったも、私はだけは放さないとに決めた。

35歳で父をくした数、私は浩司と結婚した。特別な恋ではなかったが、穏やかで真面目そうに見えた彼となら、父ので静かな庭を作れるとった。

その考えが崩れ始めたのは、子との同居が始まってからだった。

男の嫁なんだから、親の面倒を見るのは当然よ」

引っ越してきた初子は玄関に積まれた段ボールを指差しながら、私へそう言った。

広告

私は義父をくしたばかりのにするのは配だったし、浩司も「母さんは寂しいんだよ」と言うので、く考えず受け入れた。

最初の半ほどはきな問題もなかった。子も事を伝い、卓を囲むこともあったが、しずつ「嫁がやること」が増えていった。事、洗濯、掃除、通院の付き添い、町内会の雑用、親戚への贈り物の準備まで、いつのにかほとんど私の仕事になった。

何かを断ると、子は決まって「昔の嫁ならそんなこと言わない」と言った。浩司へ相談しても、「母さんもなんだから」「悪気はないんだよ」と苦笑するだけで、私の負担を減らすためにいたことは度もなかった。

番忘れられないのは、夕だった。

私は仕事から帰ると買い物を済ませ、急いで事を作った。洗濯物を取り込んで畳んでいるに、子と浩司は「めるから」とだけで先にべ始める。それ自体は構わなかったが、私が卓へ戻る頃には料理の半がなくなり、鍋の底にえた噌汁だけが残っていることも珍しくなかった。

分だけ温め直すなんてガスがもったいないでしょう。そのままめばいいじゃない」

子はテレビを見ながら平然と言った。浩司は隣での菓子をべながらスマートフォンを眺め、母親を止めるどころか私の方を見ようともしなかった。

広告

私は何度も、なぜ自分だけがこんな扱いを受けるのだろうとった。それでも父の分のかりがつき、から見れば普通の庭に見えることに、どこかしていた。

族という形さえ残っていれば、いつかも追いついてくる。

そんな愚かな期待を、私は15捨てられなかった。

所から見れば、浩司は「母親と同居してあげる優しい息子」だった。子も町内会では当たりがよく、「うちのお嫁さんは器用でねえ、私がいないと何もできないの」と笑い話にしていた。

私がの固定資産税を払い、規模な修繕費をし、子の病院代までて替えていることをはほとんどいなかった。むしろ私の方が、夫と義母のませてもらっているようにわれていた。

それでも反論しなかったのは、疲れていたからだ。

つ訂正すれば、また別の嘘を説しなければならない。子が親戚へ何を言った、浩司が誰のでどう話した、そんなことをつずつ訂正するくらいなら、自分が黙っていた方が楽だった。

そうやって私は、しずつ自分の居所をけ渡していった。

完全に目が覚めたのは、半のことだった。

仕事から帰ると、庭の隅にあった父の盆栽棚がなくなっていた。棚そのものは古く、置かれていた鉢も価なものではなかったが、父が晩まで毎朝入れしていた切な所だった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: